
ピアノの先生のお宅の前で息子を降ろした時、息子が浮かない顔で呟いた…。
「先生怒るかな…今週ちゃんと練習できなかったから…きっと上手に弾けないよ…。」
私はめいいっぱいの笑顔で、「風邪だったってママが先生に伝えておいたから、先生分かってるよ…心配しないでいいよ。でもベストを尽くすんだよ。」とこたえた。
私と息子のピアノ教室通いの歴史?は、毎日のピアノの練習の歴史でもあり…それは決して平坦な道ではなかった。
プロのピアニストを目指しているわけでも無いのに…どうしてここまでやらせるのか…と何度も夫に責められつつも…、私なりに反省しつつも…今日までピアノの練習に付き合ってこれたこと…それは自分の成長にもつながってきたと思う…あまりにもゆっくりな成長スピードでもあるが…汗。
私にとって子育てはまだまだこれからが本番であり、何一つ確信を持って決断できる状態でも無い。でも、間違いながら壁にぶつかりながらも、試行錯誤で、チャレンジ…それしか無い。
親として何かを悟っているわけでもない未熟な私の主観に満ちた日記であり、長〜〜〜い独り言…もし時間があれば読んでもらいたいなと思う。
私は、3歳の頃に、ピアノを習い始めたらしい。田舎でピアノの先生もそう簡単には探せなかった環境だったが、縁があって、YAMAHA系列の、素晴らしいピアノの先生にめぐり合えて、厳しいながらも先生には凄く可愛がってもらった。ピカピカのYAMAHAの黒のアップライトの新品のピアノも買ってもらい、私は一目見て(3歳なのに)そのピアノの美しさに惚れ込んだ(と思う・笑)。
バイエルから始まって、ハノン、ツェルニー、ブルグミュラー、ソナチネ、ソナタ…その他の練習曲や発表会の曲…いわゆる、クラッシックピアノの技法を忠実に教えてもらった。
練習は毎日30分はするように言われ、幼いながらに、それに従っていたようだった…。発表会だといえば、おじいちゃん、おばあちゃんも見に来てくれて、失敗したこともあったが、ピアノを弾ける楽しみのようなものを味わえた。
ところが…7歳を過ぎた頃だろうか…弾く曲目が少し難しくなった…。ハノンも相当練習しないと綺麗に弾けなかった…。だんだんサボり癖がつき、ピアノを練習するフリをしつつ、漫画を隠れて読んだりしていた・爆。
小さな頃は、ピアノを学んだことが無い母も、一緒に横に座って練習を見ていてくれたようだが、この頃になると、曲が難しいこともあって、「練習しなさい!」と一言残して母屋に行くもんだから、サボりのコツをつかんだ私にとっては、練習がますますおろそかになってしまった。
そして、レッスンの日になると先生に、練習していないのがバレてしまい、当の本人はもちろん、母親も注意を受けることになるのだ。母としても、おそらく悔しさや情けなさがあったことだろう…。
私が小学生の間ずっと続けていけたのは、実は、レッスンの日は母と2人でピアノの先生の家までバスで…、母が車の免許を取ってからは車で…、途中でキャンディを買ってもらったり、帰りがけラーメン屋に寄って2人で食べたりするのが楽しみだった…それに他ならない。
あのルーティンがあったから、母との特別な時間をもてるのが嬉しかったから…、練習はしたく無いけど、レッスンで先生に怒られるのもいやだったけど、それでも、ピアノをずっと続けられた、とそう思うのだ。
ところが…小学校の高学年ともなると、さらに技術の伸び悩みが深刻になって、「練習しなさい!!!」、「嫌だ!したくない!!!なんで練習しないといけないの?!ピアノなんて大嫌い!!!」と、母との喧嘩の種になったのだった。
ピアノは、練習を1日怠ると、とりもどすのに3日はかかる、といわれるが、本当にその通りだ。そして、素晴らしいピアノの技術を持ったピアニスト達が華麗に鍵盤に指を走らせると聴くものは一様に、「素晴らしい才能だ!」というけれど、才能だけでは無理だ。血のにじむような毎日の努力…それがあって…結果として素晴らしい成果が表われるのだ…。
そのことを分かっていながらも…私は、心の中でいつも不平を並べていた。「どうして私にピアノを練習しろ!って何度も言うの?私はピアニストになりたいわけじゃない!」と口答えする私に、母も、しまいには、疲れてしまったのか、「じゃあ、もう好きにしなさい!!」と言い、結果、中1の途中、他の塾との時間が重なり、どちらを選ぶかというときに、私は塾に行くことを選んだ…ピアノから逃れたい、という気持ちが無かったとは言えない・爆。
でも、決して、途中で投げた、という敗北感はなくて、むしろ、レッスンをやめてからの方が私はピアノと向き合うことが出来たように思う。
その当時流行っていたポピュラー音楽の楽譜を自分で弾いてみたり、作曲???してみたり…。基礎を先生がしっかり教えてくださったおかげで、鍵盤とのコンタクト、指の使い方、おき方から始まり、鍵盤を打つテクニック…姿勢、それらは、レッスンをやめたあとも、体にしっかりと染み込んでおり、何よりも楽譜を読めるようになったこと、絶対音感が養われたこと…それらは、親が私に与えてくれた最高のプレゼントの1つだと、大人になってはっきりと確信するのだ。
高校生のときに1年間、アメリカ南部に交換留学したときに、私がステイしていたホストファミリーがバプテスト教会に行っており、私はクリスチャンではなかったが、その教会に毎週ファミリーと一緒に通った。アットホームな教会で、牧師さんのお話以外にも、歌のプレゼンテーションなどもあり、私も留学後期頃何度か英語の賛美歌を独唱したりした。
そこのピアニストの人が、手の病気になって何ヶ月か弾けなかったとき、讃美歌を練習して、教会で弾くことが出来た…。誰かの役に立てた幸せ…まだ英語もろくに話せなかったときに、私も何か貢献できるものがあると知ったときの喜び…それらは、本当に私の留学生活の中でも、成長できたことの1つだったと思う。
留学中、英語がまだよく分からなかったとき、Choir(コーラス)のオーディションを受けてコーラスグループに入ったことも、ピアノを学んでいたからだと思った。オーディションの歌は日本語で…でも、コーラス・ディレクターは、私の声が素晴らしい!と褒めてくださって、すぐに、コンサート・コーラスグループに入れてくれた。
話すのは難しくても、歌となるとなぜか英語でもOKだった。そして、昔から洋楽は好きだったが、このコンサート・クワイヤーに入ってから、英語の力がどんどん伸びた。留学して半年ほとだったころだった。夢も全部英語で見るようになった。そして、学校の友達も、音楽のクラスを通して、またアートやその他こじんまりしたクラスでたくさん作れて、学校生活が楽しくなった。
今やりなさいと言われていることが、後でどう役立つのか、そのときは分からないこともある。でも、誰かが「あなたの才能を伸ばしなさい!」と後押ししてくれること…その言葉に対して、もっと素直になって、アドバイスを受け入れて…自分を成長させられるとしたら、それは、後々大きな喜びをもたらすのではないかと実感した。
そして…月日は流れ…長男が4歳半になったとき、私に、「ママ、僕ピアノ弾きたい!」と言った。
我が家にピアノは無い。でもキーボードがあって、たまにキーボードを触ってはいた。
そこで毎日一緒に15分間簡単な練習をした。日本から子供用のバイエルも買ってきた。
そして、1ヶ月間、毎日練習を続けられて…、長男が本当にピアノを学びたいという意欲が伝わった。
耳がいいのか、絶対音感がすでに備わっているかわからないが、たとえば、テレビで流れる音楽とか、私が口ずさむ日本の童謡だとか…メロディを耳にすると…すぐにキーボードで弾くのだ…それも全く同じキーで。
これは、ピアノの先生を付けた方がいい、と思った。
古い、ぼろぼろの安ピアノをレンタルした。
引越しも多いし、続かないかもしれないから、新しいのを買いたくなかった。
それでも、息子は、その古いピアノで色々な曲を弾くのが大好きだった。
自分で歌を作って曲を作って、ピアノを弾きながら歌を歌ったりもした。

日本では、3歳からピアノを始めることは珍しくないが、アメリカでは、日本人の先生ならまだしも、アメリカ人の先生で、3歳の子供を受け入れる教室はほとんど無い。なぜならば、3歳の子供が自らの意思でピアノを習いたい!と言うことはとてもまれなことであり、ほとんどの場合は、親の希望であり、その結果、子供が練習をキチンと出来なかったりして、レッスンが難しいという理由からだ。
もうすぐ5歳であっても、あたったピアノの先生はほとんどが、受け入れられない、という答えだった。本人と会ったわけでも無いのに、5歳の子は落ち着きがないだろう、まだ練習を続けるのは無理だろう、と言われた。
それでも…何人目かで、教えてもいいという先生に当たり、そこに通えることになった。
その先生は音大を出たアメリカ人の先生で、子供へのピアノの指導を専攻していただけあって、とにかく子供の扱いがうまかったし、毎回、良く出来たらシールをくれたりして、子供のハートをしっかり掴んでいた。
私が子供の頃使った教科書の名前は全く無く、コンテンポラリーなものが中心で、使う楽曲も、多岐にわたり、子供用の簡単なものだったが、クラッシック・ロック・ジャズと、さまざまなジャンルの曲を弾かせる人だった。
私の夫はそれが良いと思ったようだし、うちの子も楽しく弾いていて、その先生は、指使いや、完成度よりも、数をこなすタイプの先生のようで、毎週、課題曲が5曲ほどでて、それを練習して、2週間で、マスターというスタイルだった。
どんどん新しい曲が弾けて子供にとっては楽しいのだが、私が少し不安に思っていたのは、基礎をきっちりやらないと、曲がだんだん難しくなっていくときに弾けなくてイライラするのではないだろうか…という点だった。
そして、その不安はすぐに的中した。
2年半ほどで、大量の曲をこなしたものの、見ている私にもはっきりとわかったのは、姿勢、指の置き方、鍵盤の打つ位置などがかなり雑で…簡単な曲は弾けるが難しくなるにつれ、技術が伴わず、本人は凄くストレスを感じ出した。そして、その頃まで毎日練習に付き合っていたのに、練習を嫌がるようになった。
曲が難しくて、弾けない!というのがとても苦痛だったようだ。
これではいけない、と思って、私は大きな決断をしなければならなかった。
ピアノの先生を変えることだった。
子供の扱いをよく心得ていてここまで育ててくれた先生に感謝の気持ちを述べつつも、そこを辞めて、別の先生を探した。
そのプロセスを書くとまた長くなるので割愛するが、新しい先生はロシア人の先生だった。
どうやって見つけたかも…これもまた、話すと長くなるのだが、基礎をきっちりと学ぶならこの人しか、いないと思い…高学年のアドバンスの子供しか指導しない、と断られたものの、頼み込んでなんとかレッスンを受けられるようにお願いした。
現在使っている教科書は大人用のハノン、ツェルニー、ソナチネ、その他、ブルグミュラーに、簡単なバージョン?のバッハ等。
私が子供の頃使っていた教本と同じな上、その指導法が…私の日本の先生と一緒だ!!
とにかく、細かく指導。いや、厳しい指導といった方がよいだろうか。
前の先生とは打って変わって、一曲をじっくり、完成させていく。なかなか新しい曲に進めない。それが本人にとってはなかなかの試練だと思う。でも、指導は文句の付け所が無いほどで、基礎的な技術、セオリーも含めて、音楽に関する知識は広がり、ミュージカルの方向に進めたのも、このピアノの知識と基礎があったからだと私は思う。
でもこれは、賭けだ。子供に合えば、かなり伸びると思う。でも、毎日の練習が出来なかったら、続けることはかなり難しい。
夫にも、もっと楽しくピアノを習わせるべき、と反対を受けながら、でも、夫はどれほどピアノの基礎力が大事か分からない!!と私なりの理屈を貫きながら…、長男がこの指導法に耐えられることを願った。
ところで…全米でも物価指数最高を示すこの界隈でのピアノのレッスンの相場というものがある。
私の調べた範囲内では、全くのアマチュアの人に習った場合でも、月謝として100ドルから120ドルは支払う(月4回、1回45分レッスン)。経験のある資格のある先生から習うと、月に150ドルから200ドルかかる(日本円だと2万円前後か)。バイオリンもそれぐらいが相場と聞くが、これは高価な習い事といえる。
ちなみに他州に住む友人の子供は腕のいいピアノの先生に月50ドルで教えてもらっているというから、どれほどカリフォルニアの物価指数が高いか分かると思う。
つまり私達のように生活していくことに必死な家庭にとっては、音楽を習わせることは、気軽に出来ることで無い。音楽は金持ちの道楽か?!と思えるほどで、何度も、経済的な兼ね合いも考えて、もっと音楽でも安いジャンルとか、例えばうちの子は歌が好きだから声楽とか、別のことにお金を有効に使えないものか、と思ったこともある。
子供のピアノを弾く姿を見たいから、とか、ピアノは情操教育にいいから、とか、そんな優雅な話をしてられないのだ…。だから、本人が好きで、才能もそこそこあって、やる気と意欲を持ってくれなければ…続けさせるわけにはいかない。
奇麗事や理想では済まされない。お金をかける価値があるのかどうか、それに見合う内容で、子供にとっても本当にそれだけの価値があるのかどうか…シビアになって当然だと思う。
…と、そんな家庭の内部事情はおいといて…汗、とりあえず、楽譜が読めるぐらいまで続ければ、後は自分の欲で、独学することもできる、と思うのだった。自分が中1まで頑張って楽譜が読めてピアノがある程度弾けるようになったように、そこまでやれたら、十分だと思う。
新しい先生に代わってからの一番のチャレンジは、なんといっても、親が手助けしないこと!という指示だった。そして、その言葉に最初は忠実に従っていた私だった。
私が横でごちゃごちゃ言うのも長男にとってはイライラが募るようなので、前の先生のときのように、そばに座って練習を見る、ということはしなくなった。先生が細かく指導するので、私があえて、細かく指導しては、本人も参ってしまうと思い、本人が伸び伸びと?練習できるようにそっとしておいた。
何よりも、先生が、「あなたが曲を弾いてお手本を示すことによって、本人は耳が良いので、楽譜を見ずに曲をマスターしてしまう。でも、それだと、ずっと楽譜が読めない状態で、後々困る。だから、絶対に曲を弾いてあげないで。」と言ったのだ。
でも、一人練習に向かう長男…。指使いも音のとり方も、楽譜の読み方も、中途半端な状態で、曲は一段と難しくなり、本当に困惑の面持ちで練習の毎日だった。あれほど好きだったピアノも、私が練習の時間だよ!と言っても、「は〜い」と言ったっきり音が聞こえない、ということもあった。
それでも…放っておいた。
お金の無駄だと思っても…。
もう辞めさせようか、とも何度も思ったし…。
私が今まであれこれ言い過ぎてピアノが嫌いになったんだな…と後悔したり…。
でも、ピアノのこの壁…これは、何度かある壁を乗り越えていくと、本当に色んな曲が弾ける喜びというものを感じられるのだ(私はそこまで到達しなかったが)。
練習をサボろうとする長男に、何度も激怒し、そのたびに、今度は私が夫に、もっと子供のモチベーションをあげる練習法を見出すように、と言われ、それが出来ないならピアノをやめさせなさい…と言われるのだった。
もともと音楽には価値を見出さない夫。音楽にかける時間とお金がもったいない…もっと化学実験のクラスとかエンジニアリングとか算数の応用のクラスとか、本人が好きで、将来にも役立つことをなぜさせないのか、と何度言われたことだろう・汗汗。
でも…ピアノを通して、ただ単に音楽の知識と技術だけでなくて、何かを毎日こつこつ頑張ることとか、自分を表現できたりとか、感性が磨かれたりとか、私には算数の応用のクラス以上の価値があると思えるのだ。
もちろん、それは、あくまで、子供本人が好きでやる気が無いと話にならないわけで…。
そしてこのまま…辞めるぐらいなら…。
その前に…、試してみなきゃいけないことがあるはず…と思った。
夫が前から私に強く意見をしてくれてたこと…そして、それは、ピアノのプロである先生の指示と全くもって反していることなのだが…、私が子供にピアノを弾いて聞かせる…ということだ。
もちろん、ピアノの練習はおろか、子供の勉強も何も見てくれない夫が私にあれこれ意見するのは簡単。でも、時間を割いて子供の練習につきっきりの私は…大変だ・苦笑。
でも…夫の言葉は正しくて…、それを実践しだしてから…、うちの子のピアノの練習に対する熱意が変わった。
キッチンから、「次はあの曲!!」って叫ぶのではなく、子供のすぐ隣に座って、細かいことは指摘せず…、何度も何度も課題の曲を弾いてやること。
難しい曲もあるので、子供が学校に行ってる間に、一人で自習練習しなければならないこともあった。
でも…、あんなにも、子供の頃嫌だった練習…今の私は嫌じゃなくなっていた。
それどころか、難しい曲を間違えずに弾けたときの快感といったら!!!
子供の練習の時間なのに、「ママ〜次は僕の番だよ〜!!!」って言われるぐらい、ピアノの取り合いになりながら・苦笑、何度も課題曲を弾く自分がいた…。
そして…まだ少しだけ私の方が実力が上のようで…、上手に弾けることが嬉しかった・笑。
ここ何十年も、こんなに真剣に練習したことが無かった。
実家の母から電話があるとよく息子のピアノを受話器ごしに聞かせるのだが…、先日、私が今の課題曲を弾いた。
「今の私よ。」って言ったら、電話の向こうで、母が、「えええ?!!上手〜!!お父さんに聞かせなきゃ、ちょっともう一回弾いて〜!!!」って言うので。
「ちょっと!!!これ子供の曲よ!!!!やめて〜〜〜!!!」と焦ってみたり・汗。
でも母は、あの時嫌々ながらも練習をさせて、それが今になって生かされているのかと…喜んでいるようだった。
息子が私と練習していることを先生に話したら、先生は、それじゃあいつまでたっても楽譜が読めないから辞めるようにと言ったらしい。
でも、この方法が今の息子にはあっているのだ。
先生は心配するけれど、楽譜もずいぶん自分で読めるようになってきた。セオリーの音階のワークブックなども頑張ってこなしており、本当にやる気と好きな気持ちが無かったここまで続か無かったと思う。
だからこの先いつか辞めることになっても、自分の意欲で続けるにしても、今は、母親と一緒に練習がこの子には一番最適な練習法…と私は勝手に判断している…。
この方法以外試したけど、どれも、行き着くところは、嫌になって辞めてしまう…そんな結末が見え見えだし・苦笑。
せっかくここまでお金をつぎ込んで…じゃなかった・汗、努力してきたのだ。せめて、完全に楽譜が読めるところまで、ピアノを続けさせたい。
そのために、たとえ、私自身が子供が学校に行ってる間に必死で課題曲を練習しないといけないとしても・笑。
自分がお手本となるために練習していると、子供がどれほど難しい曲を頑張って練習しているのか、よくわかった。子供の気持ちになって指導ができるようになった。頭ごなしに、もう一度!もう一度!今そこ間違った!と指摘するのではなく、放任になるのでもなく、自分もその難しさを味わう…それが、子供にとってだけでなく、私自身にとっても必要な経験だったんだと思う。
自分が頑張って弾く姿を見て、息子が、「ママ、今の上手だったよ!!」と笑顔で褒めてくれる。
嬉しくて照れる私(どっちが親なんだ!爆)。
褒め上手な息子。私とは違うんだ…と思った。
もちろん、ピアノが弾けなくても、子供のモチベーションを高める励まし方、アドバイスはたくさんあるはずだ。
でも基本的には、難しいことを学ぼうと必死で頑張ってる、その努力を認めて褒めてあげる…そして、完璧を求めず(親である自分が完璧ではないのだから)、本人のペースでやらせる…、そんな基本的な、でも、忘れかけていた、重要なことを学ぶことが出来た。
そして、音楽を学ぼうと思ったきっかけや、音楽に触れる喜び…それが、いつの日か、苦痛でトラウマに変わってしまった経験を乗り越えて、自分が学んできたことが、今やっと生きてきて、子供に生かすことが出来て、そして、子供の才能も、その子のレベルで、生かせられるかもしれない…いい経験になるかもしれない、という希望が見えてきた。
そのきっかけを作ってくれた夫に感謝することも忘れてはいけない。家族のために、一生懸命働いて、子供にもいい教育をつけさせようと、自分の身を粉にして働く真面目な夫…彼の存在なしでは私達はこのような生活は出来なかったのだから…。
私が昔続けられなかったこと、出来なかったこと、夢などを子供に託しすぎて押し付けにならないように…、でも、子供の習い事によって、自分が子供の頃乗り越えられなかった部分を…子供の頑張る姿から学んで、自らが乗り越えて、子供の役に立てるように…、そんな風に、2人3脚で頑張りたいな、と思う経験でもある。
いつまで続くのか、本人の気持ち次第だからはっきりとは分からない。でも、私とピアノを一緒に弾いたり、自分の作った曲を披露してくれる時の息子の目は輝いていて、笑顔になっている。今基本をしっかりしておけば、いつか、色んな形で花が咲く…、そう私には思えるのだ。
先生には内緒だけど…これからも…親子の特別なピアノの練習時間は続いていくだろう。
マイペースでいけばいい…。
というか…これ以上難しい曲がきたら…私は…ものすごく困る…汗。
追記:このタイトルにピンと来た方はもしかしたら同年代かも…笑。

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