留学物語〜オーディションのある選択科目〜

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留学物語・前回のお話はこちら→タイプライター王子と英語のラブレター




アメリカの高校のスケジュールを決める時に、必須科目に加えて選択科目を取る必要があったので、考えた結果、タイプ、体育、美術など、英語が出来なくても理解できそうな科目を選んだ。必修科目の英語はシェイクスピアとか文学の分厚い教科書を一日何十ページも読まされたり、経済やアメリカの歴史のクラスも、高校3年生向けでかなり難しかったので、この選択科目の時間というのはある意味、息抜きの時間楽しめる学科だった。

スケジュール表を見ていて、選択科目で、コーラスのクラスが目に止まった私。

クワイアー2

音楽で、楽器のクラスなどもあったけど、とうの昔にクラスはいっぱいになっており、留学生の私はクラスには入れなかった。ホストシスターに、コーラスのクラスに入ろうかな、というと。。。

「無理よ。だって、オーディションがあるもん。経験が無い人は入れないよ。第一英語で歌えないでしょう?」と言われた。

英語の歌は大好き。ホストファミリーと一緒に通っていた教会で賛美歌を歌うのも好きだったけど、あの頃だったら、REOスピードワゴンとか、ピーター・セテラとか、ハートとか、フリードウッドマックとか(歳ばればれ?汗)よく聴いてた。だけども、コーラスのクラスに入るのにオーディションなんてあるとは知らなかったし、ましてやそんなポップスの歌をコーラスのオーディションに選ぶなんて無謀だと思ったから、とりあえず保留にしておいた。。。

ホストファミリーに連れられていつもの教会に行った帰りのこと。

クワイアー1

教会で仲良しになったお姉さんが、「まーすぃ、歌上手だね!コーラスのクラスを取ったらどう?」と言うので、お世辞だとしても、嬉しいけれど、そこは日本人だから、「いやいや。。。そんなことは無いです。。。」と普通の受け答えをした私。それに、ホストシスターには、留学初期の頃いつも「まーすぃは英語が出来ないから。。。」と、当然といえば当然のコメントをもらっていたから、悔しいけれど、彼女の言う通り、私の力じゃ無理だな、という自分への自信の無さ、みたいなものもあった。

でも。。。選択科目を選ぶ期限が迫って来て、英語の難しいクラスを取るより絶対歌のクラスを取った方が楽しいに決まってるし、歌うことが大好きだった私にとって、合唱のクラスはぜひとも体験してみたいクラスだったので、いちかばちか、オーディションを受けることにした。

コーラスのクラスは、高校1、2年生向けのクワイアー(合唱)、ウーマンズクワイアー(女性合唱)、そして、コンサートクワイアー(1年、2年で合唱のクラスを取っていた人のなかからオーディションで選出されるクラスで、コンサートをしにあちこちの町に行くグループ)のクラスがあった。

もうオーディションも終わっていたのに、無理をいって担当の先生に話をさせてもらったら、クワイアーディレクターの先生が、「どうして、クワイアーのクラスに入りたいの?」と聞くので、「歌うことが好きだから。。。そして、多くの人にクワイアーの歌声を聴いてもらって、幸せと喜びを感じて欲しいからです。」と答えた私。。。後から考えると、なんて、偉そうな?言葉だったろうか。でもそうしたら、先生が「いいわ。歌を聴くだけ聴いてみるわ。でも留学生だからといって優遇は出来ないわ。」と言った。しかも、話をしにいったそのお昼休みの音楽室、その場で、「はい、じゃ、今歌って!」と言われてしまった!汗


オーディションのために、数日前から教会の賛美歌などを練習していたけれど、なんとなく、オーディションにいざのぞむ、その瞬間に、賛美歌じゃなくて、別の歌が歌いたくなった。。。



私が歌った曲とは。。。



クワイアー3

松田聖子の「ガラスの林檎」。何も特に理由はない。ただ、その時、その曲を歌いたかったから。。。爆。アメリカに来て、英語しかわからない人の前で日本語で熱唱してしまったのだった。。。!!


日本語だけど、もちろん。。。汗、心をこめて、歌った。そうしたら。。。


クワイアー4




歌い終わった時先生が。。。凄く褒めてくれた。


そして、コンサートクワイアーに入ることができた。

とっても素敵なグループで、みんなから凄く優しくしてもらった。
良い友達が沢山できた。

人生初めてのオーディション。忘れられない想い出だ。。。

そして、その時私が学んだこと。それは、音楽は、世界共通。言葉が違っても、歌って人の心に届くものなんだ、と思った。

そして、他の誰もが、無理!!って言ったとしても。。。挑戦してみなきゃわからないことってある。自分に自信が無くても、思いきってやってみると、意外と道は開けて来ることもある。。。そう思える経験だった。この時を境に、私の中で、自分のことを信じる気持、やればできるという、自信みたいなものが大きく膨らんでいったような気がする。。。

。。。聖子ちゃん。。。ありがとう♪笑


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10 : 59 : 43 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(53) | UP↑

留学物語・タイプライター王子と英語のラブレター

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留学物語。。。前回のお話はこちらをクリック♪→「人生初デートなのに!!!」


とにかく、テネシーの高校生は大人だった。
もう学費(といっても公立はランチのお金とか学用品、選択科目の諸費用、卒業式のグッズぐらいかな。。。必要なのは)も全て自分のアルバイトでまかなっているという学生がほとんどで。。。日本でぬくぬくと育って来た私には目からウロコだった。

田舎の高校だったので、大学進学する生徒よりも、高校卒業後就職する生徒の方が多かったように思う。だから、クラスも実用的なものが結構あった。男の子達の間で人気の選択科目は、工芸とか機械技術のクラス。。。キャンパス内に、大きな自動車整備工場みたいなものがあって、そこで、車を修理するクラスを取れたり。。。となかなか面白そうだった。

私が留学してすぐに選択科目として取ったクラスのひとつに、タイプライターのクラスがあった。その頃はパソコンじゃなくてタイプライター。私はそのタイピングのクラスが大好きで、とにかく頑張って、学期末には、クラスで一番正確に、早く打てるようになっていた。なにしろ、ゲームが大好きで、指先を早く動かすのが得意だったから。。。そして、英語能力がなくてもOKのこのタイピングのクラス。。。他の教科でひーひー言ってた私の、つかの間のお楽しみ授業時間、といった感じだった。。。


あれは。。。登校初日のこと。クラスの場所がわからず(高校なのに、広いキャンパスだったので)迷ってしまい。。。地図とにらめっこしていたら。。。金髪の背の高い男の子が立ち止まって、このかわいそうな留学生に、場所を教えてくれた。。。


親切な人もいるもんだ。

ここを通って。。。このクラスだよ。。。と優しく教えてくれる彼。。。





その時の私といったら。。。




ラブレター1

目がハート!!!爆



一目惚れなんて滅多に無い私。決して恋とかじゃない。。。目の保養。。。いや。。。ちょっとラブラブ光線になってしまってたか。。。汗。



広い学校、1000人を超える学生数。。。もう彼と出会う事も無いと思っていた。


でも。。。タイピングのクラスで。。。彼を見つけた!!!

彼は、前の時間のクラスで、授業を終えて、席を立ち部屋を出て行く所だった!!!

あああ!!!声かけたい!!!と思った私。

でも、そんな、向こうは覚えていないだろうと思い。。。黙っていた。


タイピングのクラスはどの席に座っても自由なので。。。ダッシュで彼の座ってた席に座った。


あああ。。。ここが彼が、たった今まで座ってた席!感激〜♪

このタイプライター、彼がついさっきまで触ってたんだあ〜♪

目がハートになりながら。。。思わずキーを触りまくる私。。。
変態か!!!爆




ラブレター2


カチャカチャ打ってたら先生に睨まれてるし。。。「まだタイプ始めちゃいけません!!!」って。。。汗。



その日から毎日、彼の授業が終わって、クラスから出て来る姿を見るのが楽しみで楽しみで。。。1回目があったとき。。。にっこりと微笑んでくれた彼。。。

もう素敵過ぎる!!!

留学中、初めて、恋心を抱いた人。。。タイプライター王子(そんなネーミングにするなっ)。

そして。。。ちょっともう、この胸の高鳴りを抑える事なんて出来なくなって。。。告白することにした私。


手紙を書いた。授業中に。。。それもタイプライターで、ラブレター作成。(先生ごめんなさい。。。汗) 

みんなが真面目に、タイプライターの早打ちに挑戦してるとき。。。私は、ラブレターの早打ちに挑んでた!!!爆

内容ははっきり覚えてないけど。。。こんなのだったと思う。





Dear Shown
I love you. Do you know me? Do you have a girlfriend? Write me. From Marcy



ショーンという名前は知っていたけど、本当はSean というスペルなのに、そのとき、わからなくて勝手に自分で作った名前を書いてしまった。。。「見せました君??」意味不明だし!爆)

しかも。。。いきなり、アイラブユーって書いてしまったような!汗。そして、大胆にも。。。私を知ってる?彼女はいるの?返事書いてね!って強引な締めくくり。。。初めての英語のラブレターなのに、あまりにも恥ずかし過ぎる内容!!


その紙を細長く丸めておいて。。。次の日、彼の授業の始まる前の休み時間に、彼と私ががいつも座る、「私たちの席」のタイプライターの機械の中に詰めておいた。。。こうすれば、タイプを始めたとき、紙が詰まって、アレ??と思って、ラブレターを取り出すというからくりだ!!(アホモード炸裂)


そして。。。彼のクラスが終わって、恥ずかしくって彼の顔も見れずに、入れ替わりに席についた私。。。タイプライターに隠した紙が無い!。。。ということは、彼は私のラブレターを受け取ったんだ!と確信。その授業はもう。。。うわついた気持過ぎて。。。集中できなかった。。。



そして、その次の日。。。タイプライターの前に座ったら、私が隠したのと同じ場所に、タイプライター王子からの手紙が入ってた!!!

うそでしょ!!!彼から返事が来た!!!(そりゃそうでしょ、返事書いてよね、クワッ!って書いてたんだもん・爆)



ドキドキしながら黄色いメモ用紙を開く。。。

そこに書いてあった、タイプライター王子からのメッセージは。。。



Dear Marcy,

Thank you for your letter. I know who you are. Unfortunately, I have a girlfriend. But if I ever break up with her, you are the first person to find out.

From Sean


って書いてあった!!!

(手紙ありがとう。君が誰だか知ってるよ。残念ながら彼女がいるんだ。でも、もし別れるようなことがあったら、君に一番に教えるよ。ショーンより)


彼女がいるんだ!そりゃそうだよね。。。あんなに格好よくて優しいもんね。。。
でも、彼女と別れたら私に一番に教えてくれるって?!!やさすぃ〜!!!と感動した私。。。

こんな素敵な人だったら。。。ずっと待機組でいい!!!
これからも彼にひっそりと憧れの気持を持っていよう(大胆告白しておいて!爆)と思った私だった。。。



ちなみに。。。留学中。。。彼から、彼女と別れたお知らせをもらうことは無かった。。。






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02 : 56 : 32 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(59) | UP↑

人生初デートなのにっ!!!〜アメリカ留学〜

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前回のお話はこちらをどうぞ→デートの門限


女子校の寄宿舎で過ごしたので。。。留学するまでは男の子に遭遇しない環境にいて。。。

当然ながらデートなんて経験が無かった。


あれは留学して何ヶ月か経った頃だった。美術のクラスで一緒だった、1歳年下のラリーという男の子にデートに誘われた。。。

1歳年下といっても。。。学年は2年も下。。。留年してるらしかった。。。(ちなみに美術やその他選択科目は色んな学年の子が混じったクラスだった)



人生初めてのデートにでかけた私。

なにしろアメリカは16歳から運転できるのだから。。。このラリーも16歳にして、運転は手慣れたものだった。。。



アライグマ2


そうかあ。。。これがデートなのかあ。。。とワクワクしながら。。。

なぜか。。。聖子ちゃんの。。。「夏の扉」が私の頭の中をぐるぐる回っていた。。。

他愛も無い会話をしながら、どこに連れて行ってくれるんだろう。。。

映画館? どこかのお店? ダンス? とか、色々一人で妄想していた。。。きっと顔がニヤケていたことだろう。




車が止まって降りると、そこは、夕暮れの公園。
それも、小さな公園じゃない。
州立公園みたいな。。。広い広い公園だ。。。

公園というよりは、林?森? いやここは、入れないでしょう。。。日が暮れたら。。。汗。人もいないよ。。。私たちだけ。。。

と思っていると、おもむろに、ジュースの缶を渡されて。。。ベンチに腰掛けた私達。


多分。。。テネシーの高校生のデートは、まずは、こういう自然の中で語り合うんだね(もう日暮れ待近で景色見えないけど。。。汗)などと思っていた私。。。

何も無いけど、会話が弾む。。。楽しいひととき。

きっと、ここで一服したら、どこか映画館とか、楽しい所に行くに違いない。。。

いよいよ。。。これから、アメリカの高校生のデートシーンが始まるのね!と夢心地の私。。。


アライグマ3



そしたら。。。ラリーが、「ちょっと車に取りに行ってくる。。。待ってて。。。」と言うので、待ってた。。。


5分たっても戻ってこない。。。


10分たっても戻ってこない。。。


15分経って、さすがに立ち上がって辺りを見回していたら。。。





アライグマ4



なんだ、そのライフルは!!! 頭の上になんか動物が乗っかってるし!!!汗



動物かと思ったら、アライグマの毛皮でできた帽子だった。。。ホッ(ホッとしてる場合じゃない!爆)
アライグマ1

(アライグマの帽子・グーグルイメージよりお借りしました)


まさか!!!



アライグマ5



ラリーに連れられてどんどん森の中に入って行き。。。真っ暗闇の中、ラクーンハンティング(あらいぐま狩り)が開始された!!爆


1時間は歩いた。

真っ暗闇の中を。。。

ほんとに。。。怖かった。

途中でつまずいて。。。コケた。。。爆。

そうしたら。。。ラリーは、私をひょいっと抱っこしてくれて。。。
しばらく歩いてくれたけど。。。(重かったろうに・汗)


でも全然ロマンチックじゃない!!汗

もう家に帰る!!!怒


転んで足をねん挫してしまったのか、痛くてもう歩けなかったので、。。。デート3時間で終了〜。


ちなにに、ホストマザーに、デートであらいぐま狩りに行った。。。と話したら。。。たいそうご立腹なんてところに連れて行かれたの!!2度とラリーとデートに行っちゃだめ!!って言われた・汗。


どうやら。。。あらいぐま狩りのデートというのは、テネシーの高校生の間で流行っていないらしい。。。爆。




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16 : 23 : 20 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(48) | UP↑

デートの門限〜アメリカ留学〜

前回のお話はこちら→ホストファミリーに作る本物の日本料理


日本ではミッション系の女子校に通っていて、そこでは異性交遊?は禁止されていたこともあり、デートになんて出かけたことなど無かった。というか、寄宿舎に入っていて、同じ年代の男の子と遭遇することが無かったので、たまに外出で電車に乗った時、男子学生が半径5メートル以内にいると、ものすごく意識して具合が悪くなりそうなぐらいだった。。。

男の子とつき合っているのが発覚すると停学になる!とも言われていたので寄宿舎の友達は、おつきあいといえば。。。男子校の子を紹介してもらって、文通したりしていたものだ。。。(文通って!爆)

アメリカのホストファミリーには、子供が3人いて一番上は17歳。彼女には彼氏がいた。前にも書いたように、17歳の段階で結婚している子は珍しくなかったし、彼氏がいない子の方が少なかったように思う。 


男女のグループでわいわいどこかに遊びに行く、というのもありだったけど、やはり南部の田舎。。。(南部って言うのは関係ないが•汗)、一対一でデートに行くのが17歳の常識らしい。


そして。。。この右も左も分からない日本人女子。。。珍しさもあったんだろう。。。ある日デートに誘われた!!

「。。。で、僕らいつデートに行くんだっけ??」

。。。って、ちょっとおどけて、軽いノリで誘ってくれた男の子は美術のクラスで隣に座っていた子だった。

好きとか嫌いとか、というよりも、日本人に興味を持っていたらしく、よくちょっかいを出して来た。。。でも、彼と話しているうちに、沢山英語を覚えたし(覚えちゃ行けないスラングばっかりだったけど。。。爆)、ある意味、この美術の時間を楽しみにしていた私もいた。。。つまり彼のことを少し意識していたのだと思う。。。


とりあえず、ホストマザーに相談してから、返事する。。。と答えた私。


恋の駆け引きなんて知る由もない。。。爆。


おうちに戻って、ホストマザーにそのことを言ったら、たいそう喜んでくれた。。。私が人生において一度もデートしたことが無いって知っていたホストマザー。 同情さえしていたようだった。 やっとこれでこの子も一人前の女だよ!って思ったのか?!汗


そしてホストマザー、デートに行くにあたって、こんな決まりというか、デートのルールを提示した。


必ず男の子が車を降りて、自宅のドアベルを鳴らし、ドアが開いたら、男の子がきちんと父親(あるいは母親)に挨拶をすること。車のドアは必ず男の子が開けること。レディファーストのなってない男の子とのデートは禁止。


門限1

(妄想中。。。あくまでイメージ図)


ふむふむ。。。と頷きながら聞く私。。。それがトラディションなんだね。。。こちらの。。。と納得する。。。


もう一つは。。。門限を必ず守ること!

それはそうだろう。何しろまだ未成年。 ちなみに、女子校の寄宿舎の門限も私の実家の門限も5時だった。。。あの頃。。。5時って。。。ちょっと早い??汗


ホストマザーが言った。


「平日は11時。週末は12時までに帰って来ること。約束よ。」


え?!!!

耳を疑った私。。。


平日。。。11時って。。。?! 週末は夜中だって?!

そんなに遅くまで。。。起きてられないよ!汗。っていうか。。。そんな時間までどこをほっつき歩いてるんだ、南部の高校生!爆


家庭によっては、門限を設けてないところもあって、うちのホストファミリーは厳しい方だ。。。との弁。そして、ホストシスターの門限は、平日12時、週末2時だったから、私のほうが厳しい門限を設けられていたことになる。


ぜ、全然厳しくないし•汗。 デートにいって、そんなに間が持たない。。。早く家に帰りたいし!汗


そんなこんなで。。。驚きの門限をもらって。。。初のデートは決行されたのだった!!


80年代の南部の高校生のデート裏事情。。。またいつかじっくり語らせて下さい。。。


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02 : 12 : 30 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(52) | UP↑

ホストファミリーに作る本物の日本料理

テネシーの田舎町に住んでいる人たちの中には日本人に会った事の無い人が大勢いた。もしかしたら、99%の人が、それまでの人生で、実際に日本人を見た事が無かったかもしれない。

日本が地理的にどのあたりにあるのか、知らない人があまりにも多い事にも衝撃を受けたんだけど、日本の料理についても、知らない人が多かったように思う。

私に、「ジャパニーズフードを作って欲しいんだけど、スイートサワーポークと、フライドライス作れる???」と尋ねて来る人が多かった。


スイートサワーポーク。。。

。。。酢豚?!

フライドライスって。。。焼き飯!笑


ノー!それはジャパニーズフードじゃない!! と思った私。。。ここはひとつ、本物の和食を作ってあげよう!と思い立った。

ただし。。。問題があった。日本のお米なんてテネシーの田舎のスーパーにはおいてないから、とりあえず、ロンググレインのぱさぱさしたお米をゲット。

日本から持って来てたカレーのルーがあるので、これで一品目は問題ない!

ちなみに。。。今だったら、天ぷらとか餃子とか色々考えられるけど、高校生の頃は、私はお料理も苦手で、作れるのはカレーとラーメン、チャーハンぐらいしか無かったのだった・汗。

そういえば。。。実家から届いていた大きなラーメンのケース。インスタントラーメンが24袋入っていて、ホストファミリーも、それが食べてみたいと言っていたので、あれを作ろう!絶対失敗は無いはず!と自信に満ちあふれる私だったんだけど、いざ、ラーメンを作ってみてびっくり!!!


なななんと。。。実家の母。。。何を思ったか。。。今までの人生で私が食べた事なんて1度もないような、聞いた事も見た事も無い、「ヘルシー自然ラーメン」みたいなのを送って来てた!!!


そのラーメン。。。完成したものをみんなで見てみたんだけど。。。ものすごく香り高い乾燥野菜がこれでもか!!って入ってる!!それだけなら、いいんだけど。。。なんと。。。小魚がいっぱい入っているではないか!!!汗




和食1


ホストマザーが叫んだ!!「なんてこと!!魚がこっちを見てるわ!!」

おののくのも無理は無い。。。小魚丸ごと食べるなんて、アメリカ人には考えられない。目が付いたままで丸かじりは抵抗があるらしい。。。汗。

お母さん!!! なんでこんなマニアックなラーメン送って来たの〜〜!!!涙 どうして、出前一丁とか、塩ラーメンとか、チキンラーメンとか、そういうラーメンを思いつかなかったの〜〜〜!!!涙 と心の中で叫んだ私!!


気を取り直してカレー作り。。。

でも、炊飯器が無いので、鍋で炊いたら、今ひとつ水分量が違ったのか、べちゃべちゃに。。。汗。

そして、インドレストランも、タイレストランも無い町に住んでるホストファミリーに、カレーは受け入れてもらえず。。。見た目の色で。。。駄目だったようだ。。。汗。


その日の食卓。。。


和食2



みんな無言。だれも箸を持とうとしない。料理を口に運ばない。


ホストブラザーが一言。  「まずそう」って言い残し、去った。。。爆。


小さな日本大使。。。日本のイメージ向上キャンペーン。。。失敗に終わった瞬間だった・汗。


その後。。。ジャパニーズフードを作って、とリクエストされると、必ず、チャーハンと酢豚を作ったのは、言うまでもない。。。





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02 : 43 : 45 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(50) | UP↑

高校留学 〜バイブルベルトの人々〜

テネシーでは、ホストファミリーに連れられて毎週教会に行っていた。

聖書は初めて読む訳じゃあ無かった。日本の高校はカトリック系のミッションスクールだったので、宗教の時間というものがあり、クリスチャン、クリスチャンでない、に関わらず、聖書を毎日読む事を勧められていたから、新約聖書は一通り読んだ。

アメリカの南部は別名バイブルベルトと呼ばれている。これは、クリスチャンが多いということからきていて、アメリカ南部はかなり保守的な地域柄でも有名だ。それも、私の勝手な解釈でいくと、カトリック系よりは、プロテスタント系が多く、バプテスト教会などは、プロテスタント系の中でもかなり幅をきかせている地域だと思う。

ホストファミリーも典型的南部のファミリーらしくバプテスト教会に行っていた。

そして、当然ながら、仏教出身の私も(出身ってこともないけど。。。実家が仏教だから・笑)連れられて毎週日曜日教会に行った。


めちゃくちゃいい人ばかりだった。


正直言って。。。ホストファミリーと色々トラブルが発生していった時も、このチャーチ・ファミリーがいたから、乗りこえられた。。。といっても過言じゃないと思う。


プロテスタント系の教会には、牧師さんがいる。おそらく、教会からお金を払ってもらって、この牧師さんというお仕事をされてるんだけれど、教会運営は基本的には、そのコミュニティの住民の寄付によってまかなわれている。だから、こんなことを言うと誤解を受けるかもしれないけれど、高校生の私の印象では、その教会がどれだけ繁栄しているかというのは、牧師さんのお話の人気度?も含めて、どれだけのファミリーが集っているか、お金持ちのコミュニティか、によって違っており、私が連れて行ってもらっていた所は、10家族ぐらいで、教会の建物は、木小屋?!草原の少女ローラか?!って言うほど質素な所だった。


でもこのこじんまりした教会の建物が好きだった。10家族、30人ぐらいのチャーチ・ファミリーは、アットホームで愛に溢れる家族ばかりだった。いつも教会が終わった後、食べ物を持ち寄ってパーティがあったり一緒にキャンプにもいったりして、教会の人にはとにかく、我が子のようにかわいがってもらって、楽しい想い出でいっぱいだ。


恥ずかしかったのが。。。最初、英語があまり聞き取れなかったときに、牧師さんは大声でいいお話をしてくれてるのにも関わらず。。。つまらなくて。。。汗。。。ついつい居眠りをしてしまっていたこと!


それを毎週やってしまってて。。。周りの人は、クスクス笑ってたらしい・汗。教会が終わってから、「マースィ、寝てたね〜!!」って笑われたので。。。


bible1.jpg


「いやぁ〜牧師さんのお話が、ララバイみたいに聞こえちゃってね〜〜寝ちゃった〜〜汗。」って、私が、変な英語でジョークをかましてたら、背後に牧師さんが立ってた!!あの時は焦った〜〜。っていうか、その後1年間に渡り、ずっと、そのジョークをみんなが言い合って笑ってるんだもん。。。牧師さんの話。。。眠くなるよ〜〜!アハハ!みたいな。。。汗

私って、なんて不真面目で失礼な留学生なんだろう・汗。でもあの変な英語を、みんなして、一生懸命聞いてくれて。。。忍耐強く、会話してくれてたみんな。。。私の事を大事にしてくれた。。。ありがたかった。



あるときに。。。この教会で唯一ピアノを弾ける人が、手を怪我してしまい、伴奏する人が居なくなった。その残念なお知らせをする牧師さん。一同からため息が漏れる。

というのも、バプテスト教会では、賛美歌以外にも、沢山歌のコーナーがある(歌のコーナーっていうのかどうかは知らないけど・汗)。

だから、ピアノの伴奏者がいない。。。ってことは、教会にとっては死活問題だ。。。

神様に礼拝することは、何もピアノが無くたって出来る。だけど、ピアノの伴奏があることによって、よりスピリチャルな空気を生み出す事ができるのだ。

牧師さんが一同に尋ねる。。。「この中に、ピアノを弾ける人はいませんか?」


一同首を振る。。。そりゃそうだ。この10年間ぐらい、ずっとこの一人の女性が伴奏者だったんだから。 ホストマザーはピアノを持ってるけど、楽譜がよく読めないから、片手でちょっと弾くぐらいだし、家族の誰もピアノを弾けない。


牧師さんが肩を落とした。。。その時。。。手を挙げた者がいた。。。



bible2.jpg


私だ!!!爆


3歳から13歳までピアノを習っていた私だった。自由に弾くのは好きだったけど、楽譜通りに弾くのが苦手で、練習が苦痛でしょうがなくって、ピアノの面白さを感じられず、13歳のとき、別の習い事が始まったのを機にやめたピアノ。。。以前そんな記事も書いている。子供のピアノについて読みたい方はこちらへ→いつもポケットにショパン

まさか。。。まさか。。。アメリカに来て、私のピアノの出番があろうとは!!


そんなこんなで。。。それ以来、ピアニストの人の手が治るまでの3ヶ月間という期限付きで、ピアノの伴奏をした。もちろん、賛美歌の色々な曲を自宅で毎日猛練習した。その女性が治ってからも、交代で伴奏した。

そんなこんなで、チャーチ・ファミリーには、最初からかわいがってもらっていたのだが、さらに密な関係になっていったのかもしれない。。。


子供の頃、なんでこんな習い事をしなきゃいけないの!親はなんでこんな事させるの?!って思ったことの中にピアノがあったが。。。不思議なもので。。。時を経て役立った!多くの人に感謝された。。。! ピアノを習わせてくれてありがとう、お母さん!(いまごろ言うなっ・爆)


そして、何よりも、あの留学時代に、あの質素な教会でピアノを弾くうちに、多分初めて、ピアノを弾く事の喜びを実感できたように思う。。。テクニック重視のピアノではなくて、誰かのために弾く。。。ピアノの曲。。。

賛美歌を弾くときに、大きなスピリットを感じた。。。草原の少女ローラになったような気持で。。。心の豊かさと、人と人との繋がりと、そこに注がれた愛を感じながら、バイブルベルトのディープな南部で、私はなんだか、新しい自分を発見できた気がしたのだった。。。


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05 : 47 : 44 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(45) | UP↑

アメリカ南部の異なる人種の間で。。。

前回のお話はこちらをどうぞ→ホストファミリーと養子縁組?

tenn1.jpg

(テネシーのイメージ画像)

別の州に大学留学したときにも同じ現象があったのだが。。。アメリカも、田舎と都会ではまるで別の国かのように、カルチャーや人々のメンタリティというものが違うように思える。

どちらが優れているとか、どれが本当のアメリカで。。。というのでは無くて。。。様々な地域と文化と人種で構成されている。。。その全てがアメリカ。でもとにかく私が高校留学していたホームステイ先、アメリカ南部の田舎町というものは、人間関係が密接かつ、複雑に絡み合っていて、興味深かった。当然ながら当時の私は英語になれたり学校の勉強をこなすので精一杯で人間関係については直接的に関わりのない人以外のことは考える事はなかったが、南部の人種の壁というものはとても大きかった。

でも不思議な事に、日本人など皆無の町では、留学生の私はなぜか有名人?で、噂に上る事も多かった。興味津々だったんだと思う。スーパーとか学校とか、人の集まる所だと、遠慮なく、頭から足のつま先までジロジロ凝視された。最初はかなり違和感を覚えたけれど、生活していくうちにそんな待遇?にも慣れた。


私のホームステイ先が白人ファミリーだったが、通っていた高校は、白人とアフリカンアメリカン(黒人)が半々だった。そして、特に争いなどは見受けられなかったが、カフェテリアやクラスでも。。。互いに交わる事は無く。。。独特の雰囲気があった。もちろんそれはあの時代であり、今は状況は変わっているかもしれない。決して対立。。。とか、どちらかが優位、ということではないのだ。ただ積極的に交わろうとはしない。。。という印象。


ホームステイ先の家族は私に何度か釘を刺す発言をした。

「あなたは白人のグループに属しているの。ほら、肌が白いでしょう?」

「え???」と、その都度驚いた私。 だって。。。私って、日本人だし、黄色人種って言われてるぐらいで。。。白人のグループじゃないような。。。汗。


アフリカンアメリカンについて、私には何も悪口などは言わなかったホストファミリーだったけど、挨拶する以上のおつきあいをしないように。。。と遠回しに言われていたのだ。

日本の高校の英会話の先生も白人だったし、これほどの数のアフリカンアメリカンの友人に出会った事はこれまでの人生でも無かったし、いやこれからの人生でもないかもしれないが、南部で出会ったアフリカンアメリカンの人って。。。気さくでおおらかな雰囲気の人が多くて好きだった。


ホストシスターは、車を運転して学校に通っていたけれど、バイトが早朝と夕方入っていた事もあり、彼女の車で学校に一緒に通う事は無かった。あのアメリカの黄色いスクールバスで通っていた私。そのスクールバスを利用する高校生の半分以上はアフリカンアメリカンの生徒だった。

bus.jpg


そこで、すぐに仲良くなったアフリカンアメリカンの女の子達がいた。その子達はバスの中でいつも日本について色々質問してきてくれて、私に好意を持ってくれているのを感じた。そして、彼女達がいつも言ってた言葉。。。それは。。。

「まーすぃ、あなたは、ホワイトじゃない、ブラックよりだよね! だって、髪の毛が真っ黒だもん!!!」

「え???いや、だから、私ジャパニーズ!汗」

どちらかのグループにより近いとか。。。それは私は考えたりはしなかった。だって、日本人だもん!他の人種に無理矢理混ざらなくてもいいんだし。。。笑。


そして。。。バスの中では、毎日色んな人が私の隣に座って来た。。。男の子も積極的な子が何人かいて。。。電話番号渡されたりして。。。男女交際など一切禁止の校則の厳しい日本の女子校からやって来た私にとっては、なかなかカルチャーショックだった。


なんとなく、2つの人種の間で、こっそりいいとこ取りをしている気持だったけど、アメリカ南部に住んでいるからには、ひとつの人種だけとおつきあいする。。。というのは納得がいかなかった。どうせだったら、人種に関わらずたくさん友達を作りたいと思った


でも。。。問題はすぐに勃発した。

その町の高校生が「ハングアウト」する場所はだいたい決まっていた。

そのうち特に人気が高かったのが。。。

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ピザハット

そして。。。

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ハーディーズ(アメリカ南部を中心に広くチェーン展開している人気のハンバーガー店)

ホストシスターが、金曜日の夜に学校の友達仲良しグループ数人で遊びに行くから一緒においで、と誘ったので、ドライブにでかけたのだが、立ち寄ったビザハットで、学校の知り合いのアフリカンアメリカンの男の子達がグループで座っていて、私を見て、色々話しかけて来た。。。そして楽しく会話していたら。。。ホストシスターが。。。

「レストランを今すぐ出よう!」って言って、みんなでレストランを出て、ハーディーズで食べる事になった。そして、その事はホストマザーの耳に入り、私はかなり怒られた。


「自分の人種以外の人と絶対にデートはしないこと。学校でも親しげに話さない事!あなたはうちの娘も同然なんだから!!」と言われた。。。


でも。。。自分の人種以外の人と絶対デートしない、親しげにしない。。。って。。。だから。。。この町には日本人が私ひとりしかいないんだってば!爆


なんといっても何にもない田舎町。。。 高校生の楽しみといえば。。。デートしかなさそうだけど!笑

ホストマザーによると、私が親しくしたりデートに行ったりしてもOKなのは、白人オンリーということだった。アメリカの南部の田舎の高校生のデート事情については。。。その後もかなりのカルチャーショックが待っていたのだが。。。


カルチャーショック満載の生活。それは、英語の教科書だけでは絶対に学べない経験だった。今もあのスクールバスから見えた風景や、そこで話しかけてくれた沢山のテネシーの学生達の顔が目に浮かぶ。。。

異なる人種の間で。。。もと知りたい、でも立ち入ってはいけないのかな、と思う事もあり、その後アメリカの歴史を学ぶにつれ、根深い人種の壁、相互相交われない部分というものが今も存在することを知った。と同時に。。。人と違う事。。。それもそんなに悪くない。。。と思えるポジティブな経験でもあった。私の人生の中でもかなり稀である。。。、大勢の人に注目されていた??。。。とてもスペシャルな時期だった事は間違いない。
もちろん人種差別は存在するのだが、日本人の私が仲間はずれにされたり差別されるどころか、自分の仲間に属している!という親しさをもって接してくれた沢山の人々にありがとう!と言いたかった。

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コメントのお返事と訪問が遅れているため、迷った末、今日のコメント欄は閉じさせていただきます。でも、みなさんの感じる事、人種のルツボアメリカについてのイメージなど。。。ご意見を聞いてみたいな。。。と思っている私です。



05 : 02 : 14 | アメリカ留学 | UP↑

ホストファミリーとの養子縁組?

"Howdy!" "HEY!" or "How Y'all Doin?"

私のホームステイしていた町では、誰と出会っても挨拶はこの3つのうちのどれかだった。

日本で習った英語の挨拶 "Hello","Hi","How are you?"を使ってる人なんていなかった。日本の英語の教科書に載っていなかった英語のオンパレードで、驚くことばかり。。。!

そして最初は標準語で挨拶をしていた私もいつの間にか"How Y'all Doin?"になってしまっていた!汗



テネシーの片田舎のその町は、ナッシュビルからも1時間半ぐらいかかり、一つ一つの家と家の感覚も開いていて、家のまわりはだいたい牧草みたいな丘が広がっていて見えるのは放牧されている牛とかだった。。。


そして、南部独特の光景かどうかわからないけど、レッドネックジョークになるような光景も見られた。。。


例えば。。。


home2.jpg



草ぼうぼうの庭に車が何台も止まっていて。。。1台を除いて全部動かない車だったりとか。。。(動かなくなってもとりあえず置いておくのかな。。。)





それからこんな光景も!


ガレージセールしてる!!!と思ったら。。。


home.jpg



ガレージセールじゃなくて、電化製品が普通に庭においてあるだけとか。。。汗



さすがに、うちのホストファミリーは中流家庭だったので、そこまでひどくはなかったが、田舎ではこんな感じの庭先。。。結構日常的に見かける光景だった。


あと、夏になると必ず登場する、こんないでたちの男性。。。


home1.jpg




シャツの袖がない!!!(無理矢理破ってる???爆)





ところで。。。、ホストファミリーのお父さんは長距離トラックの運転手で、基本的には月に1回、一週間ほどしか自宅にいなかったが、とてもかわいがってくれた。多分私の一番の理解者だった。


お母さんは専業主婦で、15歳のときにお父さんと結婚した。その田舎町では、15歳で結婚した(中3とか高1ぐらいかな)という人は全然珍しくなかった。だから、私がステイしていた当時、33歳ぐらいだったと思うが、お料理も裁縫も得意だし、クイズ番組の答えとかもよく知ってて、日本の文化など知らないことも私に色々な質問をして来て家族の中では一番頭が柔らかいというか、好奇心旺盛で新しいものを吸収しようとする気持ちを持った人だったと思う。


子供は3人、上から17歳の女の子(同級生)、14歳の女の子(かわいくて人懐っこいけど問題児)、5歳の男の子(母親から溺愛されている)。



そんな家庭にステイして3ヶ月目ぐらいのことだっただろうか。。。


お父さんとお母さんが夕飯後、神妙な顔をして話を切り出した。。。


「まーすぃ、私たちの養子にならない??」


飲んでいた水をブハッ!!!って吐き出した私!爆


「え?今なんて?汗汗」


「留学が終わってもアメリカで暮らさない?あなたはもう私たちの子供も同然だから。。。、ずっとここに住んで欲しいの。アメリカの方がきっと幸せに暮らせると思う。アメリカ人になりなさい!!」



(ちょっとマム&ダッド。。。、なんですか、そのいきなりのオファーは?!!!)。。。焦ってしまった私。


冗談だろう、って思って二人を見つめると。。。、2人とももの凄く真剣なのだ。。。だから、笑いたくても笑い飛ばせない。。。


というか、笑えないよ。。。


日本の両親と話がしたい、交渉してみる。。。というマムとダッド。。。



いや。。。、交渉するとかしないとかいう問題ではないような。。。汗。



っていうか。。。、私日本人でいることに誇りを持っているし、アメリカは好きだけど、アメリカ人になる気は今のところないんですが。。。って、小声で言ってみた。。。汗汗



とりあえず、まだ留学3ヶ月だし。。。、とりあえず、この1年間の留学を終わらせようよ。。。



それにしても。。。、南部の人だからか、このファミリーだからなのか。。。、こんな風に留学生を我が子のように思えるなんて。。。、ありがたいといえばありがたいかったし、私もマム&ダッドのことは、本当の親のように大好きだった。



そして。。。アメリカ人としてのプライドっていうか。。。やっぱり世界でアメリカが一番!!って思ってるんだなあ。。。この田舎暮らしが一番だと思ってるんだなあって言葉の端々から伺えた。。。




しかし。。。、この留学期間、このホームステイで。。。、さまざまなトラブルが待っていて、私を多いに悩ませたのだった。。。




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05 : 54 : 54 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(56) | UP↑

アメリカ南部なクッキング

高校留学でアメリカ南部行きになった私。

ホームステイを始めて早々、とっても気になることがありました。


それは、キッチンに置いてあるツボ!!!



bacon1.jpg



なんだろう。。。、クッキーが入ってるのかな??って思いつつも開けてはいけない気がしてツボを観察していました。そのツボは、ホームステイ先の家族のキッチンだけではなくて、知り合いや友達の家、おばさん宅にもかならずありました。種類は違うけど、必ず、コンロのすぐ隣にあるんです。


bacon2.jpg





でもある日目撃してしまったんです!!!





なんと、このツボの中に入っていたものは!!!





bacon3.jpg




ベーコンの脂(あぶら!)



そりゃ、お料理が美味しくなるでしょう。。。ベーコン風味の油でどんなお料理もするんですから!!!朝食の目玉焼きも、夕飯のスパゲッティも、とにかく、このベーコンから出たあぶらをツボにためておいて(それもツボになみなみと入ってるし!)、なんでもかんでもこのベーコンあぶらで調理するわけです!!!




美味しいけど。。。美味しいけど。。。、




コレステロール値と脂肪分を考えたら食べれない〜〜〜!!!




だけど、他に食べ物が無いからみんなと一緒に食べてた〜〜〜!!!爆



留学中にどんどん体重が加速したのはこのベーコン脂のせいと思われます・汗。




ところで、南部で海から遠い町に住んでいたので、新鮮な魚が手に入らなかったんです。それでも、1ヶ月に1度ぐらいは、魚を料理してくれたホストファミリー。私のために。。。優しいなあ。。。



天ぷらできそうな、フライヤーみたいなもので魚を揚げるんですが、それはいつもホストファーザーの役目。豪快な料理になると彼が作りました。




でも。。。、ここでもベーコン油の登場!!!しかも、動物性ラード???みたいなのを混ぜて、揚げ油にしてた!!!


いろんな人のお宅にお邪魔したけれど。。。、留学中植物性サラダオイルを目にしたことが無かった私。みんなベーコン油とラード愛用。。。どうして???と聞いてみたら、「美味しいから。合理的だから。」って。。。



み、みなさん、なんて本物志向なんでしょう!!!汗


ちなみに、白身魚にコーンミールをまぶして唐揚げにしてもらったら、美味しいのなんのって!!!





ホストファーザーが、「キャットフィッシュは美味しいかい??」って聞くので。。。、
「美味しい〜〜〜!!!」って答えてから、キャットフィッシュってなんの魚だろうと思い、辞書を持って来て引いてみたら。。。









bacon5.jpg








ナマズ!!!(それも近所の川で採れたて?!汗)




で、でも、一瞬ひるんだものの。。。、美味しいんです、ナマズ!!!



お味は淡白で上品でした。



なにより。。。、海の魚が入ってこない奥地では、ナマズはごちそうなのだった!!!(まるでウルルン滞在記気分)  






この他、印象に残ったタンパク源としましては、食用カエル、シカ肉、ワニ肉、などがありました。。。いや、毎日こんなメニューじゃないですよ、さすがに・汗。




ホストファミリーが、どう???美味しい???好き???って何度も聞くので答えに困りました。



ホ「カエルはどう??」

ま「あ、チキンみたいな味ですね。」



ホ「シカはどう??」

ま「あ、なんかビーフに味が似てるかも。」



ホ「ワニはどう??(ニヤニヤして私の反応を見てる)」

ま「あ、チキンみたいなビーフみたいな。。。汗汗」




水!水を下さい〜〜〜爆



とにかく、食べ物はカルチャーショックだったなあ。


これに、伝統的アメリカ料理が加わってましたが、野菜サラダとか野菜料理をもりもり食べてたのはホストマザーと私だけでした。ホストマザーは、野菜仲間が増えてよかった〜〜って言ってたけれど。。。


いや、野菜が大好き!!!っていうよりは、他のものがあまりにも油ギッシュだから、野菜を大食いしないことにはヤバいです!!!


って言えなかったなあ。。。汗。




ところで、英語の方ですが、最初の1ヶ月ぐらいは、苦労しました。学校でもホストファミリからも、「まーすぃは、なんでそんなにおとなしくて無口なの?!!」って言われたんですが。。。



おとなしくて無口なんじゃない!!!


英語が話せないんだよ〜〜!!!涙



話せないことが悔しくて自分の部屋に入ると悔し涙が止まりませんでした。


日本ではおしゃべりで有名??だった私が、始めて無口と言われ、英語が通じない、日本語を話す人も居ない中で、ほんとに苦しかった。どうしてこんなところに来ちゃったんだろう〜〜〜!!!ってそこまで精神的に追いつめられました。



でも。。。、こんな情けない自分を打破すべく、毎日頑張っていたことがありました。それは、毎晩寝る前に、次の日ホストファミリーや学校の友達と話したいことのリストを書いておいて、それを練習すること!!!


学校の宿題も英語やその他の教科の分厚い本を渡されて何十ページも読む課題が出て、単語から何から、辞書に沢山線を引いたりしながら、頑張って1ページずつ読みました。


留学生だからといって特別扱いされないアメリカ。


でも、そこでたくましく頑張る自分がいました。


負けないぞ!絶対英語をマスターするぞ!!という熱意だけはありました。


そして、どんなに馬鹿にされても間違って恥ずかしい思いをしても、積極的に英語を話すように努力しました。間違えば間違うほど。。。、その分英語は上達すると信じて。。。



そして、ある日突然。。。、見る夢が全部英語になっていたんです!!!



そして。。。、ふと気が付くと、ホストファミリーの言葉も、学校の先生の話すことも、理解できるようになっていたんです。



まるで、暗雲の中から、光が差し込めて来たような、そんな希望と感動がありました。



日本語の環境から完全に離れ、英語だけの生活を始めてから3ヶ月目のことでした。




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18 : 31 : 29 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(45) | UP↑

世界観を大きく変えた留学

「留学」のキーワードサーチで、このブログに来る人が最近多い。高校生の頃、校内で留学プログラムを推奨していて、試験を受けた私は、受かるまで受けたことを親に知らせなかったので、親にひどく怒られ反対された。相当心配していたようだ。アメリカイコール銃撃戦、みたいな(そこまでひどいイメージだったの?映画の見過ぎなんじゃ・汗)。でも留学はそんなに危険なことばかりじゃない(って書くと危険もあるように思われるけど、私は得ることが非常に大きかったように思う)。


知り合いがカリフォルニアやニューヨークなど人気の都市に留学したり、イギリスやニュージーランドなど素敵な場所を留学先に選ぶ中、私がお世話になったプログラムは、行き先を選べないことになっていて、留学先として送られたのは、アメリカのテネシー州、しかも、日本人はおろかアジア人も住んでいないような町、ディープなサウスだった。

私が最近仲良くさせてもらってるブログのお友達オレンジさんも留学の記事を書いてて興味深く読ませてもらってるけれど、ほんとに、アメリカのサウス(南部の州)というものは、これが同じアメリカなのか?!!!と思うほど、独特の文化だと思う。


カリフォルニアやニューヨークにずっと住んでいるアメリカ人が、南部の、しかも小さな街に(住むこと自体無いと思うけど)住んだら、同じアメリカ人であっても相当なカルチャーショックを受けると思うし、実際私の夫は、カリフォルニア育ちのカリフォルニアっ子なので、江戸っ子が地方都市に住むとカルチャーショックをうけるのと同じような(って勝手な想像だけど)そんな衝撃があるんだと思う。

まず言葉の問題。 同じアメリカ人でも理解できないほど凄い訛りをもつディープサウスの人たち。1年間のホームステイで、私の英語は完全に南部訛りの英語になった。これは、大阪とか東北に住んでる外国人がその地方の方言をマスターして日本語を話してるのと似ている。とにかく私の発音が南部の人そのものになってしまったから、私が留学を終えて、日本で出会った外国の人と英語で話してたとき、発音があまりにもサウスで、大爆笑された。全然ウケを狙ってるわけじゃないのに、大爆笑の渦なのだ。あれにはまいった。だって、サウスの人たちは、サウザンアクセントが、標準英語なんだ!!!って私に教え込んでいたのだから!汗


全国から集まった同じ留学組織の同期の留学仲間もいろんな州に送られた。ペンシルバニア州(ピッツバーグの郊外だったので結構都会だったらしい)、ミシガン州(冬は激寒だっただろうに)、ウィスコンシン州(多分家畜をいっぱい飼ってる農家だったかも?)、アリゾナ州(フェニックスは砂漠地帯だけど、冬は暖かい)などなど、とにかく見事に散らばった。観光で行く可能性が低い場所に住んで本当のアメリカを体験しながら英語をマスターする。それが留学の神髄だと、私は勝手に思っている。 

実際、知り合いで、西海岸の住みやすい場所に行ったはいいが、そこで日本人とばかり一緒に行動していて英語が上達しなかった、と嘆く人もいた。日本人が沢山集まっている住みやすい都市は便利ではあるけれど、英語力向上のためには、日本人との交流を避け、アメリカ人と常に接する環境を自ら作り出す努力が必要だから大変な面もあるのかもしれない。


で、私がテネシー州に送られることになってから、事前にテネシーについて調べていったものの、行ってみたらとにかく全てがカルチャーショックだった。


英語は日本で一生懸命勉強していったつもりだったが、全く発音が通じなかった。 


私の実家とどっこいどっこいぐらいの田舎!汗 牛がいっぱい放牧されてる丘が広がったところにホストファミリーは住んでいた。


同い年のアニータ(仮名)は、同じ歳なのに妙に大人びていた。


そして、高校に初登校してびっくり!


まず、高校とは思えない大人びた人ばかり! しかも高校生なのに結婚してる人が異常に多い!!!




で、男子はこんな人が多くて。



tenn3.jpg





女子は、その当時なぜかこんな髪型と服装が流行っていた。



tenn2.jpg



横から見た流行の髪型。 解せない、どうしても解せない・汗。


tene1.jpg







本当にこれが、アメリカの高校生で流行ってる髪型なのか???(あとで、ビバリーヒルズ青春白書を見て、全く違うことが判明!爆)




その当時(17歳)の私は、ごく普通の髪型だったのだが、これを見て、ホームステイ先のホストシスター@同い年のアニータ、「その髪はダサすぎる。化粧もしないと子供みたいだよ。化粧の仕方しってるの?」と言ってメイクオーバーをしてくれようとしたが、カトリック系の女子高校で厳しい修行、じゃなかった、厳しい校則に従っていた私は、化粧は校則違反で後ろめたい気がして、自分で適当にするから、と言って断った。髪型も、ディープサウスのみなさんにはばっちり似合ってたかもしれないけど、この髪型だけはどうしても郷に従う勇気はなかった・汗。


服装に関しても、日本から来た留学生の私に、ホストシスター、アニータの、「おすぎとピーコのファションチェック」並の指摘が容赦なくとんできた。

私が通っていた日本のカトリック系の女子校では、寄宿舎内の普段着も、ズボンは駄目で、スカートを着用することに決まっていた。 だから、ジーンズは1本ぐらいは持っていったけど、あとはスカートとかワンピースしか持っていってなかった。それに気がついたアニータが、クローゼットの服を眺めながらこういった。


「スカートはいて学校行くなんてダサ過ぎるからやめて!一緒に学校に行く私が恥ずかしいのよ。今すぐ買いにいくわよ、リーバイスのジーンズとナイキの靴!」


英語が今ひとつわからなかった私にも、それぐらいの英語はわかった。そして、日本人よりファッションセンスがあるという、この自信はどこから来るんだ!って思いつつも、連れられるままにリーバイスとナイキの店に行き、強制的に??アメリカンな服装で学校に行く手はずとになった。


そして、アメリカに行った時こんな私だったのが...


tenn4.jpg



ホストシスターの指示のもと、こんな姿に早変わり!!!



tenn5.jpg



早変わり...するはずが、さすがにこの髪型だけは勘弁して〜!!!って泣いて断った!!!(アニータ、機嫌をそこねて3日ほど口聞いてくれなかったけど・汗)


しかし、南部訛りの壁は厚く、みんなの言うこともちんぷんかんぷんだし、自分の話す英語には少しは自信があったつもりだが、全く通用せず、留学して最初の1ヶ月は試練の時だった。英語で夢を見られるようになったら、英語が上達した証拠!と聞いていたけれど、最初の一ヶ月は、枕を涙で濡らす日々だった。


言いたいことが言葉にして伝わらないことのもどかしさ。


文化の違い。


価値観の違い。


留学機関の方から、お正月以外は日本にも電話してはいけない、と言われ、日本語を話す機会は全く無く無かった。だって日本語を話せる人などどこにもいないのだから! 日本人に遭遇することは全くなかった。



学校でもその他のスポットでも、どこにいっても、私は目立った。アジア人を見たことの無い人の好奇の視線が容赦なく突き刺さる。 高校では世界地理や世界歴史のクラスも見当たらなかった。日本がどこにあるかも知らない人に沢山遭遇した。「日本ってロシアの一部?」とか「日本ってフィリピンの島の一つだよね?」とか、どうかんがえてもジョークにもならないようなことを真顔で言ってくる高校生とかがいて、大人でさえも知ってる日本と言えば、「サムライ」と「ゲイシャ」そして、「パールハーバー」。そんな答えが返ってくるし、テネシー州から生まれて一度も出たことが無い人のあまりにも多いこと!!!


田舎の方が英語をマスターするにはいいはず!って強がっていた私も、カルチャーショックを通り越して、まじで、カリフォルニアかニューヨークに今すぐ引っ越しさせてください〜!!!って思ったほどだった。


こんなことを書くとアメリカ人や南部の人がこんな人ばかり思われてはいけないので、私が住んだテネシー州の超ド田舎では、このような現状だった、ということを言及させてもらいたい。テネシーでもナッシュビルやメンフィス、ノックスビルのあたりに住んでいる人は洗練されていて、日本に対する知識をきちんともっている人が多いと思うので誤解の無いように...笑。


そして、もうひとつ、誤解して欲しくないのは、私が南部のカルチャーについて色々語るけれど、それは、南部の良さ、素晴らしさも同時に沢山知っていて、南部を第二の故郷と思っており、今でも南部で出会った素晴らしいベストフレンドと交流がある、という事実の素にジェフ・フォックスワージーのレッドネックジョークのように、おもしろネタを書いているのであり、南部を知らない人に南部を馬鹿にする発言をされたりすると、異常に南部を擁護する自分がいるのだ。 誰しも、自分の第二の故郷を馬鹿にされるのは嫌なものなのだ...たとえ自分が第二の故郷のことをネタにしていても...爆。


アジア人が全くいなかった私の住んでいた町は、ホワイト(白人)と、アフリカンアメリカン(黒人)の共存する、しかし決して交わることの無い、アメリカでも独特の文化を持つ町だった。



それは波瀾万丈の留学生活の幕開けを予感させるには十分な環境だったといえる。



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11 : 54 : 30 | アメリカ留学 | TB(0) | Comment(39) | UP↑

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