初めての日本語親子教室
2007/09/29 ( Sat )
末っ子にとって初めての日本語親子教室に行った。
楽しくて楽しくて、お兄ちゃんのクラスについていくときは無茶ばかりする末っ子が、ものすごい集中力を発揮して、先生の言うことをしっかり聞いていた!驚相当楽しかったようで、家に帰ってからも、みんなに今日教室で作った工作を自慢げに見せてくれていた!笑
2歳児のクラスには同じぐらいの子供達が沢山来ていて、末っ子も目を輝かせてお友達に話しかけていた・笑。
上の子たちのスケジュールに翻弄されて、なかなか大変なのだが、本当に行けてよかった!
この教室とのお付き合いは長い。先生がとにかく素晴らしくて、カリスマ性のあるエンターテイナーと呼んでもいいぐらい、教室の内容が素晴らしい。自宅でも日本語を教えることはできるが、なんといっても、日本語を話すお友達が沢山集っていて、そこで一緒に楽しく学べるというのは、子供にとって凄く良い刺激だと思う。
日本で幼稚園の先生をされていた方が近所で幼児教室をされていて、そこに初めて行ったのは長男が4歳の時。お友達に紹介されて行った時、うちの子はまだひらがなをやっと練習し始めた頃だった。ここに来る前に住んでいたサンディエゴでは日本人の友達が親子共にほとんどいなくて、遊び相手は英語やスペイン語の子ばっかりだったから、日本語で、私が話しかけても、子供からは英語で答えが返ってくる…という感じになってしまっていて、日本語教育はなかなか進まなかった。
でも、今住んでいるベイエリアは、とにかく学校でも普段の生活でも、日本人遭遇率が非常に高くて、駐在員の方も永住の方も大勢いて、日本語を使う機会が親子共によくある。そして、日本語を教えてくれる塾もいくつかあったり、土曜日には日本語補習校まであるのだ。これは、半分日本人の血を引くうちの子供達にとっては、本当に恵まれた環境で、アメリカに住んでいるのに、時折ここは日本?と錯覚するぐらいだ。
でも、4歳の時点で、英語がかなり強かった長男にとって、日本語補習校に行くなんてとても想像できなかった。私がもっと小さい頃から教え込まなかったのが原因ではあったが、その頃の私の考えは、頻繁に日本に里帰りすれば、ある程度の会話は出来るようになるだろうし、ちょっと本が読める程度までやっておけば、大人になって自分で勉強できるだろう…ということだった。
一番したくなかったのは、日本語を強制的に教えて、本人が嫌いになること。実際にそういう話を聞いたりして、なかなか外国で日本語教育というのは難しいな、と感じたこともあった。だから、初めて長男を連れて日本語親子教室に行った時は、長男が先生の言うことを今ひとつ分かっていなかったり、他のお子さんと比べたりしてあせりや葛藤もあった。最初の1ヶ月は、ひらがなを書くのも超スローペースで、本人も苦痛の色を表したりで、無理かも?!と弱気だった。でも、頑張って通っていたら、長男、あっというまにひらがなとカタカナを覚え、内容も理解できるようになって、楽しくて仕方なくなった。「ママ、僕日本語大好きだよ!」とよく言うようになった。これは本当に嬉しかった。そして、私自身もとても励みになって、親子で頑張った。
この教室の先生は、本当に素晴らしい内容で子供達の心を日本語へと向けて行ってくれた。とにかく内容が面白い。挨拶や日本での作法はもちろん、日本の幼稚園と同じように、すべて日本語で、歌や音楽あり四季のアクティビティあり、工作やゲームあり、ひらがな、カタカナの読みと書きも教えてもらって、親も参加して、子供のヘルパーとして一緒に学ぶ。
絶対無理だと思っていた日本語補習校の入学試験にパスすることができた。(入学試験には先生の言うことが理解できること、そして、自分の言いたいことをある程度伝えられて、ひらがなの8割りが読めること…というのが条件だった)
色々な本を読んだりリサーチしてみて、同時進行でバイリンガルを目指すやり方と、3歳までに、まずは第一言語を確立しておいて、それから外国語を入れていくやり方とあって、長男の場合は、日本語のインプットは赤ちゃんの頃からやっておいたけれど、実際には、英語が第一言語として入っているように思う。でもその結果、英語がしっかりと基盤としてあったからそれはそれで良かったと思う。日本語の能力が4歳からずいぶん伸びたけれど、ある意味それは、まず第一言語がきっちりとマスターされていたので、日本語も覚えるのが速かった気がする。
でも、次男は、別のやり方で育てることにした。とにかく、プリスクールが始まる前に、日本語漬けにすること!笑
単語は大きくなってからでもどんどん入れられるから、小さいうちに、まずは、自分の感情の表現などを日本語で表現できることに重点を置くことにした。長男と次男とを並べて夜日本語の絵本を毎日読み聞かせることから始まり、次男には、すべて日本語で話しかけた。長男にも、赤ちゃんは日本語しか話せないのよ!と言っておいたので、兄弟でも日本語で話をするようになった。だからプリスクールに入るまでに次男はなんでも日本語で話せるようになって、日本人の子と話をしていても、ほとんど違和感ない。時々おかしな日本語になることももちろんあるのだが…苦笑。
次男も親子教室の2歳児コースから通って、すべて日本語で遊んだり勉強したり、日本語を話すお友達と一緒で、とてもよい刺激を受けたと思う。
それだけでは足りなくて、日本語で遊ぶサークルを立ち上げて、数年間やってきた。そこで、出会った友達は、本当に素敵な人ばかり。子供だけでなく、親同士も仲良しになれた。みんな海外にいても子供の日本語教育のこと凄く考えているんだなあと改めて実感した。一人じゃないんだ、みんなも頑張ってるんだ!と励まされた。
日本語が話せる、読める、ということ以上に、日本の文化を知ったり、自分がアメリカ人であると同時に、日本人でもある、という認識や、日本に対する愛着、のようなものを培う土台を作ってあげること…それは、ある意味、日本人としての親からの子供へのプレゼントなのかな、とも思う。アイデンティティというか、自分のルーツを知ることも大事だと思う。
こうした自分の意識の変化というものは、まさに、周りにいる日本人の親や先生方から学んだことであり、4年前の私の考えとは本当に大きく異なるものだ。
そして、はっきり言えることは、言葉を学ぶのは何歳になっても決して遅くない!ということだ。小さい頃から外国語を入れたほうがそれはマスターするのが速いと思う。でも、こちらが日本語の絵本を読んで聞かせていくだけでも、子供が小さい頃は難しくても、必ず日本語に興味を持って、勉強したくなる時期が来ると思うし、そのときに、昔お母さんが絵本を読んでくれたな〜という記憶があるだけでも、勉強に取り組みやすいと思う。漫画からも、DVDからも、色んなところで日本語に触れることができる。実際、夫は、18歳のときに始めて日本語を学んだけれど、その後留学生として、そして、仕事で何年か日本に住んだこともあって、日本語は今では流暢に話せるし、読み書きもかなり出来る(といっても今では3年生の長男の方が漢字はよく知っているかな・笑)。だから、今日本語を学ぶ機会がなかったり、日本語から遠ざかっている子供でも、いつでも始められるのだ!
日本語の学校が無い場所であっても、日本人同士で遊ぶ機会をたまに作ったり、お金をためて日本に帰ったりして、生きた日本語を学ぶ機会が作れると思う。
逆に、親の気持ちがどんなに強くても、無理やり学ばせるのは子供にとっては辛いものになるかもしれないから、あくまで楽しく…が大事だと思う。強制的に、教科書で学ぶもの、ではなくて、生活の一部であり、親や友達とのコミュニケーションの手段であり、体の一部のように、自然に日本語を使えるようになったら、嬉しいことだなあ、と思う。日本のおじいちゃんやおばあちゃんと、お手紙で、そして、電話でお話が出来るのは、おじいちゃんやおばあちゃんにとってもとても嬉しいことだと思う。
色々大変なこともあるけれど、でも、これからも、子供達がマイペースで日本語を学べたらいいな、と思うのだった…。
末っ子の場合も、次男同様日本語漬けにしてみたつもりだが、それでも、英語を話すお友達ともよく遊んでいるから、すでに英語をかなり話す・苦笑。でもまだ2歳!吸収が速いこの時期に、楽しく沢山のことを学べるといいな、と思うのだった。
日本にいつか行けるから…そのとき日本の家族やお友達と日本語でいっぱい話せるように、日本語を学んでおこうね!と子供達に言い聞かせて、今日も我が家は日本語を飛び交わせているのだった…。
←アイデンティティをしっかり確立しながら、楽しく言葉を学べるといいな♪めざせ、バイリンガル♪
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楽しくて楽しくて、お兄ちゃんのクラスについていくときは無茶ばかりする末っ子が、ものすごい集中力を発揮して、先生の言うことをしっかり聞いていた!驚相当楽しかったようで、家に帰ってからも、みんなに今日教室で作った工作を自慢げに見せてくれていた!笑
2歳児のクラスには同じぐらいの子供達が沢山来ていて、末っ子も目を輝かせてお友達に話しかけていた・笑。
上の子たちのスケジュールに翻弄されて、なかなか大変なのだが、本当に行けてよかった!
この教室とのお付き合いは長い。先生がとにかく素晴らしくて、カリスマ性のあるエンターテイナーと呼んでもいいぐらい、教室の内容が素晴らしい。自宅でも日本語を教えることはできるが、なんといっても、日本語を話すお友達が沢山集っていて、そこで一緒に楽しく学べるというのは、子供にとって凄く良い刺激だと思う。
日本で幼稚園の先生をされていた方が近所で幼児教室をされていて、そこに初めて行ったのは長男が4歳の時。お友達に紹介されて行った時、うちの子はまだひらがなをやっと練習し始めた頃だった。ここに来る前に住んでいたサンディエゴでは日本人の友達が親子共にほとんどいなくて、遊び相手は英語やスペイン語の子ばっかりだったから、日本語で、私が話しかけても、子供からは英語で答えが返ってくる…という感じになってしまっていて、日本語教育はなかなか進まなかった。
でも、今住んでいるベイエリアは、とにかく学校でも普段の生活でも、日本人遭遇率が非常に高くて、駐在員の方も永住の方も大勢いて、日本語を使う機会が親子共によくある。そして、日本語を教えてくれる塾もいくつかあったり、土曜日には日本語補習校まであるのだ。これは、半分日本人の血を引くうちの子供達にとっては、本当に恵まれた環境で、アメリカに住んでいるのに、時折ここは日本?と錯覚するぐらいだ。
でも、4歳の時点で、英語がかなり強かった長男にとって、日本語補習校に行くなんてとても想像できなかった。私がもっと小さい頃から教え込まなかったのが原因ではあったが、その頃の私の考えは、頻繁に日本に里帰りすれば、ある程度の会話は出来るようになるだろうし、ちょっと本が読める程度までやっておけば、大人になって自分で勉強できるだろう…ということだった。
一番したくなかったのは、日本語を強制的に教えて、本人が嫌いになること。実際にそういう話を聞いたりして、なかなか外国で日本語教育というのは難しいな、と感じたこともあった。だから、初めて長男を連れて日本語親子教室に行った時は、長男が先生の言うことを今ひとつ分かっていなかったり、他のお子さんと比べたりしてあせりや葛藤もあった。最初の1ヶ月は、ひらがなを書くのも超スローペースで、本人も苦痛の色を表したりで、無理かも?!と弱気だった。でも、頑張って通っていたら、長男、あっというまにひらがなとカタカナを覚え、内容も理解できるようになって、楽しくて仕方なくなった。「ママ、僕日本語大好きだよ!」とよく言うようになった。これは本当に嬉しかった。そして、私自身もとても励みになって、親子で頑張った。
この教室の先生は、本当に素晴らしい内容で子供達の心を日本語へと向けて行ってくれた。とにかく内容が面白い。挨拶や日本での作法はもちろん、日本の幼稚園と同じように、すべて日本語で、歌や音楽あり四季のアクティビティあり、工作やゲームあり、ひらがな、カタカナの読みと書きも教えてもらって、親も参加して、子供のヘルパーとして一緒に学ぶ。
絶対無理だと思っていた日本語補習校の入学試験にパスすることができた。(入学試験には先生の言うことが理解できること、そして、自分の言いたいことをある程度伝えられて、ひらがなの8割りが読めること…というのが条件だった)
色々な本を読んだりリサーチしてみて、同時進行でバイリンガルを目指すやり方と、3歳までに、まずは第一言語を確立しておいて、それから外国語を入れていくやり方とあって、長男の場合は、日本語のインプットは赤ちゃんの頃からやっておいたけれど、実際には、英語が第一言語として入っているように思う。でもその結果、英語がしっかりと基盤としてあったからそれはそれで良かったと思う。日本語の能力が4歳からずいぶん伸びたけれど、ある意味それは、まず第一言語がきっちりとマスターされていたので、日本語も覚えるのが速かった気がする。
でも、次男は、別のやり方で育てることにした。とにかく、プリスクールが始まる前に、日本語漬けにすること!笑
単語は大きくなってからでもどんどん入れられるから、小さいうちに、まずは、自分の感情の表現などを日本語で表現できることに重点を置くことにした。長男と次男とを並べて夜日本語の絵本を毎日読み聞かせることから始まり、次男には、すべて日本語で話しかけた。長男にも、赤ちゃんは日本語しか話せないのよ!と言っておいたので、兄弟でも日本語で話をするようになった。だからプリスクールに入るまでに次男はなんでも日本語で話せるようになって、日本人の子と話をしていても、ほとんど違和感ない。時々おかしな日本語になることももちろんあるのだが…苦笑。
次男も親子教室の2歳児コースから通って、すべて日本語で遊んだり勉強したり、日本語を話すお友達と一緒で、とてもよい刺激を受けたと思う。
それだけでは足りなくて、日本語で遊ぶサークルを立ち上げて、数年間やってきた。そこで、出会った友達は、本当に素敵な人ばかり。子供だけでなく、親同士も仲良しになれた。みんな海外にいても子供の日本語教育のこと凄く考えているんだなあと改めて実感した。一人じゃないんだ、みんなも頑張ってるんだ!と励まされた。
日本語が話せる、読める、ということ以上に、日本の文化を知ったり、自分がアメリカ人であると同時に、日本人でもある、という認識や、日本に対する愛着、のようなものを培う土台を作ってあげること…それは、ある意味、日本人としての親からの子供へのプレゼントなのかな、とも思う。アイデンティティというか、自分のルーツを知ることも大事だと思う。
こうした自分の意識の変化というものは、まさに、周りにいる日本人の親や先生方から学んだことであり、4年前の私の考えとは本当に大きく異なるものだ。
そして、はっきり言えることは、言葉を学ぶのは何歳になっても決して遅くない!ということだ。小さい頃から外国語を入れたほうがそれはマスターするのが速いと思う。でも、こちらが日本語の絵本を読んで聞かせていくだけでも、子供が小さい頃は難しくても、必ず日本語に興味を持って、勉強したくなる時期が来ると思うし、そのときに、昔お母さんが絵本を読んでくれたな〜という記憶があるだけでも、勉強に取り組みやすいと思う。漫画からも、DVDからも、色んなところで日本語に触れることができる。実際、夫は、18歳のときに始めて日本語を学んだけれど、その後留学生として、そして、仕事で何年か日本に住んだこともあって、日本語は今では流暢に話せるし、読み書きもかなり出来る(といっても今では3年生の長男の方が漢字はよく知っているかな・笑)。だから、今日本語を学ぶ機会がなかったり、日本語から遠ざかっている子供でも、いつでも始められるのだ!
日本語の学校が無い場所であっても、日本人同士で遊ぶ機会をたまに作ったり、お金をためて日本に帰ったりして、生きた日本語を学ぶ機会が作れると思う。
逆に、親の気持ちがどんなに強くても、無理やり学ばせるのは子供にとっては辛いものになるかもしれないから、あくまで楽しく…が大事だと思う。強制的に、教科書で学ぶもの、ではなくて、生活の一部であり、親や友達とのコミュニケーションの手段であり、体の一部のように、自然に日本語を使えるようになったら、嬉しいことだなあ、と思う。日本のおじいちゃんやおばあちゃんと、お手紙で、そして、電話でお話が出来るのは、おじいちゃんやおばあちゃんにとってもとても嬉しいことだと思う。
色々大変なこともあるけれど、でも、これからも、子供達がマイペースで日本語を学べたらいいな、と思うのだった…。
末っ子の場合も、次男同様日本語漬けにしてみたつもりだが、それでも、英語を話すお友達ともよく遊んでいるから、すでに英語をかなり話す・苦笑。でもまだ2歳!吸収が速いこの時期に、楽しく沢山のことを学べるといいな、と思うのだった。
日本にいつか行けるから…そのとき日本の家族やお友達と日本語でいっぱい話せるように、日本語を学んでおこうね!と子供達に言い聞かせて、今日も我が家は日本語を飛び交わせているのだった…。
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