ミッション・プロジェクト
2008/03/31 ( Mon )
カリフォルニアの小学校4年生のカリキュラムの中のビッグプロジェクトに、(おそらく社会科と英語の教科に関する)「Mission Project」というものがある。学校により、多少プロジェクトの内容は違うようだが、小学4年生の子供を持つ親は結構このプロジェクトに心して取りかからなければならないことを知り合いから聞いてはいた。
普段のプロジェクトやプレゼンテーションの宿題をするときに、ほとんど手をださないことにしている私。面倒臭いのももちろんあるけれど・汗、親が手伝っていい点数もらうことよりも、苦労して本人が学ぶことの方が大事だと思うからだ。
それでも、このプロジェクトは特例だ。何しろ学校が親子のプロジェクトとして位置付けているからだ。
うちのクラスも3週間ほど前に親宛にお知らせが届き、このプロジェクトに関しての説明があった。 リサーチとパワーポイントを使ったプレゼンテーションのマテリアルは子供たちがクラスで準備するものの、エキストラポイントを取るために、ミッションに関する工作その他の中から選択したものを、親と共同作業で完成させるように、とあった。「このプロジェクトを通して、親子でカリフォルニア・ミッションについて学ぶ機会となるように、また、親子で何かをやりとげる経験になるように。」というようなことが書いてあり、ちょっと責任重大!だと感じたのだった。
ちなみに、コンピューターのパワーポイントは、会社で会議に使ったりするらしいプログラムで、それを学校のPCを使って、リサーチした内容を子供たちが作り上げていき、発表する、というのは、なかなか面白いと思う。こういったプレゼンテーションの技術を学ぶことは子供たちにとって、将来役立つ経験であると同時にアメリカでは教育の中で重要視されていることのように思う。
ボーナスポイントのオプションは、やらなくてもいいのだが、私の予想ではクラスの大部分が取り組むと思う。 とても教育熱心な親が多いのでね・笑。あまりにも多くの四年生が取り組むプロジェクトなので、インターネット上で、建物の模型をつくるキットの販売までしている人もいる!あと、ズルをして他の子が作ったのを貸してもらう子さえもいるらしい!! でも、もちろん、キットを使った模型は点数に加算されない。 オリジナルを作らねば意味がないのだ。 これは日本の小学生の夏休みの研究や工作なみのプロジェクトだ!
私は工作が苦手なので模型作りでないものがいいんだけど、と長男に打診。一緒にミッションを訪れて、長男がナレーターになって、ミッションの中を紹介する、というオリジナルDVDを作る、というオプションを選ぶことを提案した。 一応地理学部旅行学科専攻なので、こういう方法ならアイディアが出てきそう。
うちから行ける距離では、ミッションや跡地が数カ所あるのだが、少し遠いながらも、カリフォルニアミッションのかつての本部となって、大規模な、カーメルのサンカルロスミッションを訪れることにした。
大人5ドル。子供1ドル(9歳以下無料)。
歴史的名所としても訪れる人の多いミッションは今も昔の姿のままにたたずむ。

1542 年に、カリフォルニア半島はスペインによって発見された。今のメキシコを植民地として統治したスペインは、 1769年、アッパーカリフォルニア(現在のカリフォルニア州)を植民地下に置くべく、サンディエゴとモントレーにミッションを建設、スペインの統治下に治めた。 1770年6月3日、長い年月をかけて、スペインの兵士とミッショナリーがモンテレー湾に到達。ここにミッション、サンカルロスを創設。カリフォルニアで2番目のミッションだった。
ここには原住民であるアメリカンインディアンがおり、先住者であるかれらは迫害を受けるとともに、ミッションは、カーメルに移された。 初期の開拓は非常に困難を極めた。カーメルは農作物に適した土地であったが、新スペインと呼ばれていた現在のメキシコより送られてくる食料や物資の調達に頼らざるを得ない状況が続いた。そして、その間、友好を深めた原住民の協力のもと、農作物の栽培や、建築を進めていった。 その後、カーメルミッションの拡大により、全部で7カ所ある、カリフォルニアのミッションの本部として、サンカルロスミッションは大きな役割を果たした。


有名な神父であり伝道師であるFr. Serra’s の名前はカリフォルニア州の道路の名前にもなっていて、北カリフォルニアから南カリフォルニアでもおなじみだ。日本で言うところの東海道のような、古い幹線道路と呼べるものかもしれない。
1821年、メキシコがスペインより独立。現在のカリフォルニア州はメキシコ領になったが、ミッションは拡大した。 1834年、メキシコ政府はミッションを廃止し、土地をすべて引き取った。インディアンに返すという理由だったが、インディアンに土地は返還されることなく、メキシコ政府によって、売却され、インディアンは土地を追われた。パドレスと呼ばれる教会関係者も同時に行き場を失ってしまった。
教会の建物は荒廃したが、 1846年、カリフォルニアはメキシコから独立し、リパブリック・オブ・カリフォルニアと呼ばれ、1848年に、アメリカ合衆国の一部となり、1850年には、正式にアメリカ合衆国の31番目の州となった。 そして1859年、10月19日、アメリカ合衆国はミッションの建物をカトリック教会に返還した。



建物はよりよいコンディションに保たれるため多くの労力と寄付でまかなわれている。

夫がマイクを買ってきて、長男がレポーターになりきりミッションの様子を歴史的背景を交えながら実況していく。
お墓の前で...。なぜか大きな貝殻で覆われている墓。でも誰も意味は知る由もない。


先住民のインディアン二関する展示物があったり、ミッション建設につかわれた道具なども展示されている。

カトリック教会のチャペルは今も利用されているが、その他の建物は、私立ミッションスクールの教室として利用されているらしい。

昔のダイニングルームや寝室の様子も展示されてある。歴史を感じされる。


敷地は広く展示物も多いので、2時間以上かかって回った。あとは、これを編集して、DVDに焼くのみ。最近は、いろいろと便利なツールがあるので、プロの仕上がりが簡単に自宅でできるらしい。もちろんそれは夫と長男の共同作業(私は下の子たち見るので手一杯だから)。
それにしても、また一つ学んだ。 カリフォルニアが色々な面でスペインの影響を受けていることは言うまでもなく、その背景にはこのミッションの歴史があったことをこの小旅行で知ることが出来た。
子供と一緒に小学生の勉強をさせてもらってることには、大変ながらも、学ぶことが多く、アメリカの歴史、カリフォルニアの歴史をひも解くときに、また少しアメリカへの理解を深められるのだった...。
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普段のプロジェクトやプレゼンテーションの宿題をするときに、ほとんど手をださないことにしている私。面倒臭いのももちろんあるけれど・汗、親が手伝っていい点数もらうことよりも、苦労して本人が学ぶことの方が大事だと思うからだ。
それでも、このプロジェクトは特例だ。何しろ学校が親子のプロジェクトとして位置付けているからだ。
うちのクラスも3週間ほど前に親宛にお知らせが届き、このプロジェクトに関しての説明があった。 リサーチとパワーポイントを使ったプレゼンテーションのマテリアルは子供たちがクラスで準備するものの、エキストラポイントを取るために、ミッションに関する工作その他の中から選択したものを、親と共同作業で完成させるように、とあった。「このプロジェクトを通して、親子でカリフォルニア・ミッションについて学ぶ機会となるように、また、親子で何かをやりとげる経験になるように。」というようなことが書いてあり、ちょっと責任重大!だと感じたのだった。
ちなみに、コンピューターのパワーポイントは、会社で会議に使ったりするらしいプログラムで、それを学校のPCを使って、リサーチした内容を子供たちが作り上げていき、発表する、というのは、なかなか面白いと思う。こういったプレゼンテーションの技術を学ぶことは子供たちにとって、将来役立つ経験であると同時にアメリカでは教育の中で重要視されていることのように思う。
ボーナスポイントのオプションは、やらなくてもいいのだが、私の予想ではクラスの大部分が取り組むと思う。 とても教育熱心な親が多いのでね・笑。あまりにも多くの四年生が取り組むプロジェクトなので、インターネット上で、建物の模型をつくるキットの販売までしている人もいる!あと、ズルをして他の子が作ったのを貸してもらう子さえもいるらしい!! でも、もちろん、キットを使った模型は点数に加算されない。 オリジナルを作らねば意味がないのだ。 これは日本の小学生の夏休みの研究や工作なみのプロジェクトだ!
私は工作が苦手なので模型作りでないものがいいんだけど、と長男に打診。一緒にミッションを訪れて、長男がナレーターになって、ミッションの中を紹介する、というオリジナルDVDを作る、というオプションを選ぶことを提案した。 一応地理学部旅行学科専攻なので、こういう方法ならアイディアが出てきそう。
うちから行ける距離では、ミッションや跡地が数カ所あるのだが、少し遠いながらも、カリフォルニアミッションのかつての本部となって、大規模な、カーメルのサンカルロスミッションを訪れることにした。
大人5ドル。子供1ドル(9歳以下無料)。
歴史的名所としても訪れる人の多いミッションは今も昔の姿のままにたたずむ。

1542 年に、カリフォルニア半島はスペインによって発見された。今のメキシコを植民地として統治したスペインは、 1769年、アッパーカリフォルニア(現在のカリフォルニア州)を植民地下に置くべく、サンディエゴとモントレーにミッションを建設、スペインの統治下に治めた。 1770年6月3日、長い年月をかけて、スペインの兵士とミッショナリーがモンテレー湾に到達。ここにミッション、サンカルロスを創設。カリフォルニアで2番目のミッションだった。
ここには原住民であるアメリカンインディアンがおり、先住者であるかれらは迫害を受けるとともに、ミッションは、カーメルに移された。 初期の開拓は非常に困難を極めた。カーメルは農作物に適した土地であったが、新スペインと呼ばれていた現在のメキシコより送られてくる食料や物資の調達に頼らざるを得ない状況が続いた。そして、その間、友好を深めた原住民の協力のもと、農作物の栽培や、建築を進めていった。 その後、カーメルミッションの拡大により、全部で7カ所ある、カリフォルニアのミッションの本部として、サンカルロスミッションは大きな役割を果たした。


有名な神父であり伝道師であるFr. Serra’s の名前はカリフォルニア州の道路の名前にもなっていて、北カリフォルニアから南カリフォルニアでもおなじみだ。日本で言うところの東海道のような、古い幹線道路と呼べるものかもしれない。
1821年、メキシコがスペインより独立。現在のカリフォルニア州はメキシコ領になったが、ミッションは拡大した。 1834年、メキシコ政府はミッションを廃止し、土地をすべて引き取った。インディアンに返すという理由だったが、インディアンに土地は返還されることなく、メキシコ政府によって、売却され、インディアンは土地を追われた。パドレスと呼ばれる教会関係者も同時に行き場を失ってしまった。
教会の建物は荒廃したが、 1846年、カリフォルニアはメキシコから独立し、リパブリック・オブ・カリフォルニアと呼ばれ、1848年に、アメリカ合衆国の一部となり、1850年には、正式にアメリカ合衆国の31番目の州となった。 そして1859年、10月19日、アメリカ合衆国はミッションの建物をカトリック教会に返還した。



建物はよりよいコンディションに保たれるため多くの労力と寄付でまかなわれている。

夫がマイクを買ってきて、長男がレポーターになりきりミッションの様子を歴史的背景を交えながら実況していく。
お墓の前で...。なぜか大きな貝殻で覆われている墓。でも誰も意味は知る由もない。


先住民のインディアン二関する展示物があったり、ミッション建設につかわれた道具なども展示されている。

カトリック教会のチャペルは今も利用されているが、その他の建物は、私立ミッションスクールの教室として利用されているらしい。

昔のダイニングルームや寝室の様子も展示されてある。歴史を感じされる。


敷地は広く展示物も多いので、2時間以上かかって回った。あとは、これを編集して、DVDに焼くのみ。最近は、いろいろと便利なツールがあるので、プロの仕上がりが簡単に自宅でできるらしい。もちろんそれは夫と長男の共同作業(私は下の子たち見るので手一杯だから)。
それにしても、また一つ学んだ。 カリフォルニアが色々な面でスペインの影響を受けていることは言うまでもなく、その背景にはこのミッションの歴史があったことをこの小旅行で知ることが出来た。
子供と一緒に小学生の勉強をさせてもらってることには、大変ながらも、学ぶことが多く、アメリカの歴史、カリフォルニアの歴史をひも解くときに、また少しアメリカへの理解を深められるのだった...。
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