テネシーでは、ホストファミリーに連れられて毎週教会に行っていた。
聖書は初めて読む訳じゃあ無かった。日本の高校はカトリック系のミッションスクールだったので、宗教の時間というものがあり、クリスチャン、クリスチャンでない、に関わらず、聖書を毎日読む事を勧められていたから、新約聖書は一通り読んだ。
アメリカの南部は別名バイブルベルトと呼ばれている。これは、クリスチャンが多いということからきていて、アメリカ南部はかなり保守的な地域柄でも有名だ。それも、私の勝手な解釈でいくと、カトリック系よりは、プロテスタント系が多く、バプテスト教会などは、プロテスタント系の中でもかなり幅をきかせている地域だと思う。
ホストファミリーも典型的南部のファミリーらしくバプテスト教会に行っていた。
そして、当然ながら、仏教出身の私も(出身ってこともないけど。。。実家が仏教だから・笑)連れられて毎週日曜日教会に行った。
めちゃくちゃいい人ばかりだった。
正直言って。。。ホストファミリーと色々トラブルが発生していった時も、このチャーチ・ファミリーがいたから、乗りこえられた。。。といっても過言じゃないと思う。
プロテスタント系の教会には、牧師さんがいる。おそらく、教会からお金を払ってもらって、この牧師さんというお仕事をされてるんだけれど、教会運営は基本的には、そのコミュニティの住民の寄付によってまかなわれている。だから、こんなことを言うと誤解を受けるかもしれないけれど、高校生の私の印象では、その教会がどれだけ繁栄しているかというのは、牧師さんのお話の人気度?も含めて、どれだけのファミリーが集っているか、お金持ちのコミュニティか、によって違っており、私が連れて行ってもらっていた所は、10家族ぐらいで、教会の建物は、木小屋?!草原の少女ローラか?!って言うほど質素な所だった。
でもこのこじんまりした教会の建物が好きだった。10家族、30人ぐらいのチャーチ・ファミリーは、アットホームで愛に溢れる家族ばかりだった。いつも教会が終わった後、食べ物を持ち寄ってパーティがあったり一緒にキャンプにもいったりして、教会の人にはとにかく、我が子のようにかわいがってもらって、楽しい想い出でいっぱいだ。
恥ずかしかったのが。。。最初、英語があまり聞き取れなかったときに、牧師さんは大声でいいお話をしてくれてるのにも関わらず。。。つまらなくて。。。汗。。。ついつい居眠りをしてしまっていたこと!
それを毎週やってしまってて。。。周りの人は、クスクス笑ってたらしい・汗。教会が終わってから、「マースィ、寝てたね〜!!」って笑われたので。。。

「いやぁ〜牧師さんのお話が、ララバイみたいに聞こえちゃってね〜〜寝ちゃった〜〜汗。」って、私が、変な英語でジョークをかましてたら、背後に牧師さんが立ってた!!あの時は焦った〜〜。っていうか、その後1年間に渡り、ずっと、そのジョークをみんなが言い合って笑ってるんだもん。。。牧師さんの話。。。眠くなるよ〜〜!アハハ!みたいな。。。汗
私って、なんて不真面目で失礼な留学生なんだろう・汗。でもあの変な英語を、みんなして、一生懸命聞いてくれて。。。忍耐強く、会話してくれてたみんな。。。私の事を大事にしてくれた。。。ありがたかった。
あるときに。。。この教会で唯一ピアノを弾ける人が、手を怪我してしまい、伴奏する人が居なくなった。その残念なお知らせをする牧師さん。一同からため息が漏れる。
というのも、バプテスト教会では、賛美歌以外にも、沢山歌のコーナーがある(歌のコーナーっていうのかどうかは知らないけど・汗)。
だから、ピアノの伴奏者がいない。。。ってことは、教会にとっては死活問題だ。。。
神様に礼拝することは、何もピアノが無くたって出来る。だけど、ピアノの伴奏があることによって、よりスピリチャルな空気を生み出す事ができるのだ。
牧師さんが一同に尋ねる。。。「この中に、ピアノを弾ける人はいませんか?」
一同首を振る。。。そりゃそうだ。この10年間ぐらい、ずっとこの一人の女性が伴奏者だったんだから。 ホストマザーはピアノを持ってるけど、楽譜がよく読めないから、片手でちょっと弾くぐらいだし、家族の誰もピアノを弾けない。
牧師さんが肩を落とした。。。その時。。。手を挙げた者がいた。。。
私だ!!!爆3歳から13歳までピアノを習っていた私だった。自由に弾くのは好きだったけど、楽譜通りに弾くのが苦手で、練習が苦痛でしょうがなくって、ピアノの面白さを感じられず、13歳のとき、別の習い事が始まったのを機にやめたピアノ。。。以前そんな記事も書いている。子供のピアノについて読みたい方はこちらへ
→いつもポケットにショパンまさか。。。まさか。。。アメリカに来て、私のピアノの出番があろうとは!!
そんなこんなで。。。それ以来、ピアニストの人の手が治るまでの3ヶ月間という期限付きで、ピアノの伴奏をした。もちろん、賛美歌の色々な曲を自宅で毎日猛練習した。その女性が治ってからも、交代で伴奏した。
そんなこんなで、チャーチ・ファミリーには、最初からかわいがってもらっていたのだが、さらに密な関係になっていったのかもしれない。。。
子供の頃、なんでこんな習い事をしなきゃいけないの!親はなんでこんな事させるの?!って思ったことの中にピアノがあったが。。。不思議なもので。。。時を経て役立った!多くの人に感謝された。。。! ピアノを習わせてくれてありがとう、お母さん!(いまごろ言うなっ・爆)
そして、何よりも、あの留学時代に、あの質素な教会でピアノを弾くうちに、多分初めて、ピアノを弾く事の喜びを実感できたように思う。。。テクニック重視のピアノではなくて、誰かのために弾く。。。ピアノの曲。。。
賛美歌を弾くときに、大きなスピリットを感じた。。。草原の少女ローラになったような気持で。。。心の豊かさと、人と人との繋がりと、そこに注がれた愛を感じながら、バイブルベルトのディープな南部で、私はなんだか、新しい自分を発見できた気がしたのだった。。。

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